ケルトの向かい風(アイルランドサイクリング紀行) その1

 以前より一度海外サイクリングをやってみたかったのだが、海外旅行というと家内が必ず付いてくるので実現がかなわなかった。それが今回は状況が変わって、それぞれ別々に行こうということになり、やっと年来の夢が叶うことになった。
 さてどこに行くかということについては、アイルランドに決めてあった。英語が通じて車の交通量が少ないとなると、ニュージランドかここぐらいだろう。ユーラシア大陸東端の国から西端の国を訪ねるというのも魅力だ。三月というとまだ寒そうだが、この時期しか長期休暇は取れないし、雪の降る国でもなさそうだからなんとかなるだろう。仕事先にはいろいろ画策し相当無理もして、三月下旬に半月の休みが取れた。ところがここに姪の結婚式が入っているが、これもやむを得ない。相当な不義理だ。
 自転車を外国に運ぶのはなかなか面倒だ。箱に詰めて、航空会社から搭乗する便に積むための許可を得なければならない。聞いてみると追加料金が往復で3万円かかるらしい(これは結局100ドルですんだ)。ネットで自転車用の段ボールを見つけて注文し、飛行機に積み込むための許可も得た。ところが最後の難問があった。この箱をどうやって関空まで運ぶかだ。この大きさは宅急便では運べないらしい。いろいろ交渉して、貨物便で運んでもらうことになったが、今度は空港の営業所に置き場所がないとの理由でこれもだめになった。前夜に車で運んで、空港に置きっ放しにしようと決めたが、幸い息子が当日午前中休みということで送ってくれることになり辛うじてこの問題も解決した。女房が車を運転しないというのは実に不便である。

3/14
 いろいろあったがやっと出発にこぎ着けた。KLM、エア・リンガスと乗り継いで、夕方ダブリン空港に到着。自転車も無事に出てきた。段ボール箱はつぶして小さくして一時預かりに帰国の時まで預ける。今夜の宿はネットで予約しておいた空港に最も近いホテル。アイルランド最初の夕食はホテル内のパブで、エール1パイントとラザーニア。エールは軽いビールという感じで飲みやすかったし、ラザーニアもまあまあの味。

3/15
 朝食はホテルでビュッフェスタイルのフル・アイリッシュ・ブレックファストで腹一杯にする。
 6時半出発。曇天。相当に寒い。ウィンドブレーカーを着込んで走り出す。ダブリンの北にある空港から北に向かう。ダブリンの町は最後に見物する予定である。
 R108号線を北上して、ドロヘダ(Drogheda)に向かう。アイルランドの道路にはN(国道、一級と二級)、R(県道)、L(地方道)の三種類有るようだ。道路の舗装は日本ほどはよくない。アスファルトをケチったのか、バラスが表面に並んでいて、自転車には相当に不愉快だ。道は丘陵地帯の果てしないアップダウンの繰り返しである。両側はほとんど牧場でずっと柵が続いている。所々にLナンバーの道が枝分かれしているが、それ以外に人が入ってゆけるような小道はない。
 道路の分岐点での地名の案内は丁寧であり、上にゲール語、下に英語が表記されているが、英語もゲール語が由来であるから、実に読みにくくまた覚えにくい。

     
 路傍の牧場(拡大写真へ)    路傍の住宅


 ドロヘダに入る前に「タラの丘」によって行きたいと、登校途中の中学生数人に聞くが誰も「タラの丘」を知らない。子供づれのお母さんも知らない。散歩途中の中年夫婦は名前は聞いたことがあるが行き方は知らないという。「タラの丘」はケルトの遺跡でガイドブックにはアイルランド人の心の故郷だと書いてある。ほんまかいな? 「風と共に去りぬ」でもアイルランドの象徴として印象的に使われているらしい。
 そのうちに、ドロヘダに到着してしまった。この町はボイン川の河口にあり、小さいながら町の中心部は賑やかだ。家々は昔風の建物で、鉄筋コンクリートの家などはない。ツーリスト・インフォメーションに自転車を預けて、市内見物に廻る。ツーリスト・インフォメーションはちょっとした町には必ずあって、町の地図、観光案内、宿の世話をやってくれるので旅行者にとってはまことに便利な存在である。この町はクロムウェルがアイルランドに侵攻してきたとき、抵抗して数千人が虐殺されたとのこと。町の中心部の教会、古い石の城門、要塞とその中の小さなミュージアムを見ると、ちょうど一時間。

   
 ドロヘダ市街  古い城門(拡大写真へ)  要塞

 12時、これから西海岸へと向かう。朝、腹一杯食べたので空腹感はない。ボイン川沿いの散歩道をしばらく走ると、ボイン川古戦場に出る。整備されて公園となっている。なんでもこの戦はアイルランドの将来を決定した関ヶ原みたいなものらしいが、日本人の私には何の感激もない。
 次の目的地、ブル・ナ・ボーニャに向かう。ここには5,000年以上まえの新石器時代の古墳群があり、世界遺産となっている。その中でもニューグレンジは最大のもので今日はこれを見る予定。ビジターセンターから、バスに乗って4キロほど走ると大きな古墳が見えてくる。イギリスのストーンヘンジなどと同時代のものらしい。ガイドの案内で見物。私の貧弱な英語力では何を言っているのかよくわからない。しかしまあ壮大なものである。冬至には中央にある石室まで日光が入る仕掛けになっている。この丘から眺めるボイン渓谷の眺めは何ともいえぬ優雅な景色である。

     
 ボイン川の古戦場(拡大写真へ)  ニューグレンジ(拡大写真へ)  古墳の入り口

 3時半、ボイン川沿いの道を次の目的地トリム(Trim)に向かうも、途中の町ナバン(Navan)でB&Bを見つけて泊まる。町へ出て、キャンピングストーブ用のボンベを探すも見つからず。帰りにパブでギネスを1パイント(中ジョッキぐらい)、少し焦げ臭い味がする。しかしパブではたいていの男性はこれを飲んでいる。ほかにもスタウトに属ずるビールはあるのだろうが、この旅で私が見たのはこれだけ。ギネスは全くすごいメーカーだ。あまり空腹感はないので、コンビニでチキンサラダを買って、宿で食べる。チキンはパサパサだったが、野菜はウサギの餌かと思うぐらいたっぷりと入っていた。

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 7時、朝食。あまり旨くないアイリッシュ・フル・ブレックファスト。増量剤がたっぷり入った不味いオムレツ。牛乳とシリアルをたっぷりと食べる。
 出発してすぐ小雨が降り出す。R161を南下してトリムに向かうも、交通量が多く、鬱陶しいので、小道に逃げると丁度ベクティブ(Bective)の教会跡に出た。大きな石の教会の廃墟は広い緑地に雨の中ひっそりと建っている。人一人いない廃墟にしばらく佇む。タラの丘はここから近いようだが、寄り道となりこの雨では行く気が失せる。何もすべてを欲張ってみることもないさ。

   
 ベクティブの教会遺跡(拡大写真へ)  遺跡内部(拡大写真へ)

 そのまま小道を辿ってトリムに向かう。今回の旅のため、GPSにヨーロッパの道路地図を着けてきたが、細かい道まで正確で実にありがたい。
 トリムに入る。小さな町は所々に石の遺跡があり、遺跡の中の町という感じだ。町の中心にあるトリム城は、明日からは平日もオープンされるが、今日までは土日のみで城門にはしっかりと鍵がかかっている。ボイン川もここではもう小川であるが、城の堀となっている。対岸の丘に登り城を眺める。美しい景色である。

     
 トリムの町の入り口の遺跡(拡大写真へ)  トリム城(拡大写真へ)  対岸の丘の遺跡(拡大写真へ)

 雨の降り続く中、ボイン川に沿ってLナンバーの道を走り、R156に入り西を目指す。一直線の道路で上り下りも全くない。途中の小さな町のスタンドでトーストサンドとたっぷりの熱いスープ。ムリンガー(Mullingar)の手前でN4に出会う。片側二車線の一級国道だ。この道を走るしかない。信号はないが、幸い交通量はそれほど多くない。何とか車の流れを縫って反対側へ渡ることができた。この道路は制限速度100kmだ。狭いところでは50cmもない路肩を走る。2kmほどでランプウェイへ逃げ出すことができた。後で知るが国道のほとんどは100km制限で自転車でも白線内を走行しなければならないところが多く、だんだんそういう状態に慣れてくるのだが、このときは最初で怖かった。
 ムリンガーはダブリンから鉄道で1時間ぐらいの所にあり、賑やかな町だ。まだ早いが、インフォメーションで宿を紹介してもらう。バス付き、朝食付きのホテルだ。40ユーロBB並の値段である。B&Bでは、通常シャワーのみであるからこれはありがたい。いまはオフシーズンなので安くしてあるのだろう。特に観光するほどのものはないみたいであるが、町のたたずまいは美しい。町外れにあるアウトドアの店でやっとブタンガスボンベを買うことができた。これでどこでもキャンプができる。
 夕食はホテルのパブでエールを1パイント飲んでから、ホテル内の中華レストランで焼きめしを食べる。12.8ユーロと高いと思ったが、出てきたのは日本だったら3人前は十分ある量だ。具の牛肉、チキン、エビは大きくたっぷりと入っていた。

3/17
 朝、起きると晴れている。今日はアイルランドの守護聖人を祝うセント・パトリック・デイだ。昨日、インフォメーションのお姉さんが目を輝かせて、今日はこの町でパレードがあるといっていた。ダブリンのパレードは有名で日本からも見物のツアーが出るほどだが、各地でパレードが行われるようだ。この町で見るわけにはいかないので次の町アスローン(Athlone)で見ることにする。
 朝食はフル・アイリッシュ。ここのはなかなか旨かった。
 9時出発。走り出すとまた雨が降り出す。しとしとと降る雨の道。周りは相も変わらず牧場ばかり。2時間ほどでアスローンに着く。この頃は雨はやんだが、少し青空も見えてきた。。ここは交通の要衝として古くから開けた町だ。リー湖から流れ出すシャノン川を挟んで町がある。川岸にアスローン城が聳えているが、現在は修理中とのことで中は見物できない。

     
 路傍の教会跡(拡大写真へ)  雨が止んだ(拡大写真へ)  アスローンの町とシャノン川(拡大写真へ)

 パレードの開始は2時半からとのことでまだ3時間以上ある。町の中央のショッピングモールで昼食を食べたり見物をしたりして時間をつぶす。町の目抜き通りには明るい色調の緑(セント・パトリックの色)の服を来た見物客が続々と集まっている。やがて、パレード。先頭は有名人らしいのが乗ったクラッシックカーが進み、次は退役軍人らしい老人、そしてバグパイプの音楽隊。後は子供たちのマーチや有象無象のグループが続く。しかし、アメリカでもそうだが外人さんはパレードが好きだな。日本人にとってはしょもないもんだが。

     

 30分ほど見物して、早々に出発する。だいぶ無駄をした。出発するとまた雨が始まり、雨中の走行となる。今日はテント泊の可能性が高いので水を仕入れておく。R363をひたすらに西へと走る。雨粒が痛いと思ったらあられ混じりとなっている。B&Bは見つかりそうにないので、キャンプサイトを探しながら走るが、道の両側は牧場の柵が続いていて、道から外れることができない。峠にぽつんと教会が見える。道路脇ではあるが周りに家はない。駐車場のそばの芝にテントを張らせてもらう。牧師らしい老人がやってきたので、許可を請うと快くOKしてくれ、トイレの場所を教えてくれた。



 夕食は日本から持ってきたアルファ米と凍結乾燥のカレー。
 いつの間にか雨もやんだ。
 夜、トイレに起きると星空になっている。明日はやっと晴れるぞ。

3/18
 昨夜は放射冷却のせいか、少し寒かったが眠れないほどではなかった。朝食には例のごとく、雑炊をつくる。
 今日は快晴であるが、風は冷たい。少しバックして、車が一台やっと通れるぐらいのLナンバーの田舎道に入り、GPSを頼りに西を目指す。
 やがて、チュアム(Tuam)の町。ここは大聖堂が有名らしい。日曜日のミサに人々が集まっている。中をちょっと覗いてみる。

   
 田舎道を行く(拡大写真へ)  ツアムの大聖堂(拡大写真へ)  日曜日のミサ

 RLの道を西へ西へと進む。Lクラスの田舎道は起伏が多く100mと続かない小さな上り下りが果てしなく続く。そんな道でも速度制限80kmだ。大型車などは通れないような細い見通しのきかない道で誰がそんなスピードで走るのだ。それにしてもこの数日風はずっと西からの向かい風だった。それほどきつい風ではなかったが、結構こたえた。
 遙か西方に山が見えてきた。この国に来て初めて山らしい山にであった。といっても高さは数百m位のものだが。山頂付近は雪をかぶっているようだ。
 今日の目的地、コング(Cong)に近づくと狐の嫁入りのような雨が突然降ってきた。あられも混じっている。雨具を着けるまもなく、ウインドブレーカーのまま走っていると城門に出る。アシュフォード城の入り口だ。5ユーロ払って中に進むと、もう雨は止んでいる。やがて立派な城館が見えてくる。湖を背景にした美しいたたずまいだ。中はホテルとなっていて、宿泊客以外は入れない。城の周りを散策する。日曜日とあって観光客が多い。

     
 彼方の山岳地帯(拡大写真へ)  アシュフォード城(拡大写真へ)  城の庭園から(拡大写真へ)

 城のもう一つの門を出ると、コングの村だ。ここはジョン・ウェインの「静かなる男」のロケ地として有名なところだ。小さくて美しい村だが、細い道路には車がぎっしり、こう観光客が多くては雰囲気ぶちこわしだ。一回りして、自転車から降りずに西へと向かう。

     
 (拡大写真へ)  (拡大写真へ)  (拡大写真へ)

 道はコリブ湖の北岸に沿って進む。湖の景色がすばらしい。やがて南北の道路に突き当たる。ぽつんとある一軒のパブで聞くと、ここから南に向かってはB&B20km先まではないとのこと。もう5時過ぎ。20km走る元気はない。パブの下に船着き場があり、ちょっとした公園になっている。そこにテントを張ることにする。
 湖面に樹々の影が映り、美しい光景である。

     
 コリブ湖の眺め(拡大写真へ)  船着き場(拡大写真へ)  夕暮れの船着き場(拡大写真へ)

 夕食は途中のスーパーで買ったオックステールのスープの缶詰、卵サラダ、ハイネッケンの缶ビールでご機嫌となる。
 夕食後、パブを訪れる。薄暗がりの山を背景してぽつんとあるパブの灯火が何ともいえぬ雰囲気を醸し出している。日曜日とあって混雑している。周りに人家はないのににどこから集まっているのかな? 外にいた少年に聞くと10kmほど離れたところから家族で食事に来ているとのこと。この国ではビール2、3杯ぐらい飲んで車を運転するのは普通のようだ。今日はアイリッシュ・ウイスキーを飲もう。ジェイミソン、パディ、パワーズという3種類おいてある。ジェイミソンは日本でもよく飲んでいるので、ほかの二つを試してみる。


     パブの灯火(拡大写真へ)                          パブの亭主

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