ケルトの向かい風(アイルランドサイクリング紀行)其の二

3/19
 昨夜は暖かく、熟睡できた。今日は曇り空だ。雨が降らないことを祈ろう。
 西に向かうのはここまでで、ここからは一路南下する。今日の目的地はアラン島だ。
 道は昔訪れた北スコットランドを思い起こさせるような無人の湖沼地帯の中を続いている。湖沼を繋ぐ流れは泥炭地のため赤黒い色だ。車の通行はほとんどない。風は今度は南風となり相変わらずの向かい風だが、気持ちよく走れる。所々にエニシダの群落がある。今満開だ。この旅では至る所で満開のエニシダに迎えられた。

     
 路傍風景1(拡大写真へ)  路傍風景2(拡大写真へ)  路傍風景3(拡大写真へ)
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 路傍風景4(拡大写真へ)  路傍風景5(拡大写真へ)  路傍風景6(拡大写真へ)


 丘陵地帯を抜けて海岸に出るとロッサヴィール。アラン島へのフェリー港だ。10時過ぎの到着。次のフェリーは10時半。これを逃すと次は夕方の便となる。ラッキー!! 全然調べず、行き当たりばったりだったが、この時期アラン島へは2便しかない。
 アラン諸島は三つの島からなるが、向かうのは一番大きなイニシュモア島である。
 一時間ほどで島の港に着く。インフォメーションで地図を貰い、見所を教わる。とりあえず、島の西の端まで行ってみよう。島全体は石垣で囲まれた小さな牧場や畑からなっているが、どれも半分は岩盤でありその中にちょっぴり牧草が生えている程度で、とてもたくさんの家畜を育てられる状態ではない。以前、島の人たちは海岸で海藻を採り、それを牧場まで担ぎ上げ、肥料(土壌?)にしたということだ。そういう辛く悲しい話を秘めた島だが、島全体に広がる網の目状の石垣の光景はまことに美しい。僅かの人口で、何千年にもわたって営々とこの石垣を積み上げたかと思うと、まさにこれは蟻の仕事だなと感じ入る。
 島の西端は波に洗われるごつごつとした海岸で、特になんということもない。

     
 島の道と牧場(拡大写真へ)  石垣で囲まれた牧場(拡大写真へ)  海岸-石に不自由はない(拡大写真へ)
     
 砂浜(拡大写真へ)  島の西端(拡大写真へ)  島の西端(拡大写真へ)


 帰りにDun Eoghanachta(なんと読むんだ?)という案内があるのを、例の有名な崖の要塞、ドン・エンガス(Dun Aonghasa)と勘違いして、石ころだらけの山道を自転車を押してエッサエッサと登り出す。30分ほど行った最高地点(?)で山道は石垣の牧場の入り口で行き止まり。しまったと、ここで初めて地図を見て、これは違う要塞への道だとわかる。しかし、この歩きで島の石垣の凄さがわかった気がした。帰る途中でDun Eoghanachtaを見る。完全な円形の高い石垣に囲まれた要塞(祭祀を行った場所?)だ。中央に一人で佇むと、パワースポットに立っている気がした。
 セブン・チャーチ(Seven Charch)。初期キリスト教の修道院の遺跡らしい。

     
岩だらけの牧場(拡大写真へ)  ロバかな?(拡大写真へ)  島の東を望む(拡大写真へ) 
 
放牧風景(拡大写真へ)  Dun Eoghanachta(拡大写真へ)  Dun Eoghanachtaの内部(拡大写真へ) 
     
路傍のプリムラ?(拡大写真へ)  セブン・チャーチ(拡大写真へ)  セブン・チャーチ(拡大写真へ) 


 島の中央部、ドン・エンガスの下で一軒のB&Bを見かけた。なかなかゆかしい佇まいなので、夕食を出してくれるならここで泊まるかな。宿主のおばあさんに交渉すると、18ユーロで夕食も用意するという。宿代は50ユーロと少し高いが、観光地値段かとOKする。
 荷物を置いて、ドン・エンガスに向かう。もう、午後も遅くなっているので、誰もいない。入り口から15分ほど歩くと要塞の入り口である。要塞は二重の防壁で囲まれている。内側の防壁は直径50mほどの半円形で半分は100m近い高さの断崖で海に落ちている。まことに凄まじい場所である。断崖の上の石に腰掛けて岸壁に打ち付ける大西洋の激浪を眺めていると、折からの強風に岩全体が振動しているように感じられる。日没直前のここの情景は、この旅で最も印象深かった。

     
 ドン・エンガス全景(拡大写真へ) 内側の防壁(拡大写真へ)  背後の絶壁(拡大写真へ) 
     
二重の防壁間の障害物(拡大写真へ)  背後の絶壁(拡大写真へ)  大西洋の夕景(拡大写真へ) 
     
(拡大写真へ)  ドン・エンガス内陣(拡大写真へ)  B&B(拡大写真へ) 


 宿に帰り、夕食。メインはニジマス一尾を蒸したもの。海の中の島でニジマスとは。不味くはなかったけれど。それとサイドで出たジャガイモのチーズグラタン。たっぷり二人前はあったけれど、ぺろりと食べてしまった。
 おばあさんの話では、この島も観光以外には仕事がなく若者はダブリンや他のEU諸国に出て行ってしまったとのこと。牧畜といっても、年寄りが数頭の牛や羊を飼っているだけだし、漁業も小舟を操ってするぐらいで、とてもビジネスというほどのものはないらしい。アラン島の漁夫用の水に強い手袋はどこかで手に入れられるかと聞くと、私も作っていると大きな袋に一杯の編み物を出してきた。冬の夜長には編み物ぐらいしかすることもなく、使ったり売ったりする当てもなく貯まっていったらしいが、あいにく私の手に合うものはなかった。
 写真集の中に女性が海藻を一杯に背負って運んでいる古い写真があったので、「あなたもやったことがあるのか」と、お母さんの時代までだとのこと。日本でも農村の女性が重労働を強いられていたのは、私の祖母の時代、昭和20年代までだったろうか。
 外は風が強い。

3/20
 今日も曇り。フェリーの朝便は815発。七時半出発して港まで急ぐ。昨日のんびりしすぎて見損ねたところもあるが、ドン・エンガスと石垣で囲まれた牧場風景だけで十分。全部見尽くす必要はない。
 ロッサヴィールからは海岸沿いを東へゴールウェイ(Galway)を目指す。平坦な道に、今回初めての追い風。快調に走る。ゴールウェイに近づくと郊外の住宅地といった感じで優雅な屋敷が連なっている。昼前にゴールウェイに到着する。町の中心部のエア・スクエアに面した朝食付きで75ユーロとちょっと贅沢なホテルに宿を取る。
 町に出る。ここは十数年前、娘が大学生時代の夏休みに英語留学していた町だ。小さいが、華やかな繁華街。15分もあれば通り抜けられる。見かける女性のファッションが何となくパッとしないのはヨーロッパの辺境の地だからか? しかし、大学町でもあるこの町は、若者が多く活気にあふれている。大学、大聖堂、スペイン門といった名所を廻るともう見所もない。
 夕食は繁華街のシーフードレストランへ。スターターにムール貝とリゾットをとる。どちらも大変結構な味だった(貝はちょっと小さかったが)。メインディッシュはタラの蒸したもの。タラではどう料理しても大して旨いものはできない。
 街頭ではギターを演奏するいくつかのグループ。ぶらぶらとほろ酔い機嫌でホテルに帰る。

     
ゴールウェイの繁華街   ゴールウェイの繁華街  スペイン門
     
市内を流れる川  前菜のムール貝とリゾット   



3/21
 昨夜から喉がヒリヒリと痛み、鼻水、くしゃみが出る。風邪を引いたらしい。風邪薬を飲む。結局、この風邪は持参の風邪薬を飲み尽くし、日本に持って帰ることとなった。 朝は例によってフル・アイリッシュ・ブレックファスト。少し食べ飽きてきた。ソーセージはドイツなどに比べるともう一つ味が落ちる感じで、どうも粉っぽい味がする。白と黒のプディングはそれぞれ豚の内臓と血を雑穀と混ぜ合わせてソーセージ状にしたもので、当然粉もんだ。卵もスクランブルやオムレツを頼むと、何か増量剤が一杯入っていてちっとも美味しくない。

 
アイリッシュ・フル・ブレックファスト(この他、サイドテーブルにジュース、
ヨーグルト、ミルク、シリアル、果物など)
 


 ゴールウェイから少し東に走って、一級国道のN18に入り、南下する。車はビュンビュン飛ばしているが、路肩が広くて安心して走れる。路肩を十分広くとっているのは、ここを農機などがノロノロと走るためかな?
 二級国道に入り、海岸沿いを走る。入り江に古城がある。鍵がかかって中には入れないが、観光客が来ている所を見ると名のある城なのかな? 
 今日の目的地はモハーの断崖(Cliffs of Moher)だが、途中でガイドブックに載っていたバレンによって行こう。バレンは石灰岩の岩山が続く地帯で古代民族の遺跡がある場所だ。ところがガイドブックの地図を見ずに適当に脇道に入ったものだから、遺跡のあるだいぶ手前の山道に迷い込み、延々と山道(といっても悪路ながら一応舗装はされているし、たいした上り下りはない)を走る羽目になった。当然、遺跡は見当たらないが、石灰岩のなだらかな岩山の間の道をGPSGooglemapのコピーを頼りに辿って行くのは、静かな山道が好きな私にとって楽しいコースだった。大きなザックを背負ったトレッカーに出会う。この国のトレッキングは国立公園以外では舗装された田舎道を歩くコースがほとんどのようだ。キャンプはどこでするのかな?

     
 デューングラ城(拡大写真へ)  デューングラ城(拡大写真へ)  路傍のB&B(拡大写真へ)
     
 バレン高原(拡大写真へ  ベレン高原(拡大写真へ)  牧場の羊(拡大写真へ)
     
バレン高原を行く(拡大写真へ)   教会の廃墟(拡大写真へ) 柳の花(拡大写真へ) 


 やっとのことで、モハーの断崖に至る観光道路に出る。少しづつ高度を上げて、200mの断崖の上に出る。アラン島のドン・エンガスほどの幽邃な雰囲気はないが、崖の規模は遙かにこちらが大きい。ここに立って大西洋の波がユーラシア大陸の西端に打ち寄せるのを見ながら、以前見た三陸海岸の断崖に打ち寄せる太平洋の波を思い出す。

 
 (拡大写真へ)   (拡大写真へ)   (拡大写真へ)
 
  (拡大写真へ)   (拡大写真へ)  ここも自殺の名所なのかな?


 一気に海岸まで下り、最初にあった真新しいホテルに宿を取る。朝食、バス付きで40ユーロとB&B並の値段だ。部屋も広くてダブルベッド。今はオフシーズンだから、閉めておくよりもましと安くしているのだろう。きっとハイシーズンにはぐっと高い値段になるのだろう。

   
   

 ホテル内のレストランにあるパブのカウンターでウェイターと話しながら、フィッシュ・アンド・チップスの夕食。また、タラだが、昨夜よりずっと旨かった。所詮タラは手の込んだ料理よりフライして、ソースやマヨネーズをたっぷりかけて食べるのに向いている魚ということだろう。アイリッシュ・ウイスキーをチビチビやりながら、ウェイターと雑談。彼はポーランドから働き来ているとのこと。EUの中では人の動きが大きくなっているのかな?

3/22
 今日はディングル(Dingle)半島までの移動だけで特に見所はない。
 今日は青空で、少し暖かい。相変わらずの逆風だが、主に東からの風で南下するのにはさほどの苦労はない。
 途中で、反対方向に走るツーリストを見かける。手を振って行き違う。私と同じくらいの荷物を積んでいる。今回に旅で見かけた唯一のツーリストだ。

     
 ガソリンの値段(日本より高い。ハイオクはない。ハイブリッド車は全く見かけなかった。)  シャノン湾を渡る国道フェリー  満開のエニシダ(拡大写真へ)


 キルラッシュ(Kirlush)という町まで南下して、シャノン川の河口にあるアイルランド第三の都市、リムリック(Limerick)まで食い込んでいる長大な湾をフェリーで渡る。シャノン川を渡るのは上流のアスローン以来である。
 5時、ディングル半島の付け根の町、トラリー(Tralee)に到着。ここで泊まろうかと考えたが、少し欲張ってB&Bがあるという次の村、キャンプ(Camp)まで足を伸ばす。キャンプの村で最初に目に付いたB&Bへ行くと、まだオープンしていないと断られた。次から次へと断られ、だいぶ村はずれのこれが最後という4軒目のB&Bでやっと泊まることができた。
 村の小道を散歩がてら20分ほどかけて、中心部にあるただ一つのレストランへ夕食を食べに出かける。ギネスを飲みながら、夕食にはハンバーガーを注文する。ギネスにも慣れてきて、旨いと感じるようになった。どうも癖になりそうな味である。出てきたハンバーガーにびっくり。パンの大きさは直径15cm位ある。付け合わせのポテトチップスは日本のジャガイモなら10個分ぐらい。また、中のハンバーグの凄まじいこと。脂肪分が全くなくてスカスカの味である。
 帰りは、宿の女主人が迎えに来てくれた。

   
 レストランまでの散歩  村の教会  ハンバーガー



3/23
 朝焼けに岩山が染まっている。ディングル半島には急峻な岩山が多い。最高峰は1000m近い。ハイキングに良さそう。
 朝食はパンと卵、野菜の軽食にしてもらう。
 ここキャンプから半島先端の町、ディングルに向かうには国道とコナー峠(Conor Pass)を超える地方道の二つがある。どれだけの標高か知らぬが当然、峠越えだ。
 海岸を望みながら山の中腹の道を西へ走り、やがて峠の登りにかかる。涼しくて、気持ちのよい登りだ。ゴツゴツとした岩山の中の道、展望は最高だ。ここも北スコットランドを思い起こさせる風景だ。コナー峠、標高400mちょっと。先ほどから雲行きが怪しいと思ったら、急に雨となる。震えながら、一気にディングルの町まで下る。もう雨は止んでいる。

     
 キャンプのB&B  ディングル半島の朝焼け(拡大写真へ)  コナー峠への登り口(拡大写真へ)
     
コナー峠周辺の岩山(拡大写真へ)   眼下の眺め(拡大写真へ) 峠への道(拡大写真へ) 


 ディングルは小さいながら賑やかな港町だが、町にはあまり興味はない。ここで後輪のタイヤのゴムが剥がれてきているのに気がついた。だいぶ古くなったタイヤだったが、アイルランドの悪路に耐えられなかったか。どこまで持つかな?
 半島最先端を目指す。途中にあるダンベックの砦、古代の住居・蜂の巣の家などの遺跡によりながら進んで行く。途中の石造りの家に風情を感じる。最先端の岬に出るとすばらしい景色が目の前に広がる。地図を見ると、「ライアンの娘撮影ポイント」とある。あの映画はよかった。私がアイルランド西海岸を訪れたいと思い始めたきっかけだった。今日見る大西洋の色は少しコバルトがかって、太平洋より明るい感じがする。

     
 ダンベックの砦(拡大写真へ)  砦から見た断崖(拡大写真へ)  蜂の巣の家(ビーハイブ)(拡大写真へ)
     
 ヨーロッパ最西端、スレイヘッドへ(拡大写真へ)  路傍のカモメ(全然逃げない)  すれい・へっどの眺め(拡大写真へ)
     
 ディングル半島の道(拡大写真へ)  ひとりぼっちで遊ぶ子  スリーシスターズ遠望(拡大写真へ)


 岬を廻って道が東に向かうと、いきなり東からの強い風。進むのに苦労する。村のコンビニでハムサンドを作ってもらい昼食をとって一息入れる。小さな丘を南に越えて、ディングルに戻る。
 さあこれから強い東風に逆らって、ディングル半島から脱出だ。難儀するぞ。30kmほど先のインチ(Inch)まで、B&Bはない。強風によろけながら、ようやくインチに辿り着く。ここは長い砂浜が続き、サーフィンを楽しんでいる人たちがいる。ここも「ライアンの娘」の撮影ポイントらしい。浜を見下ろす丘の上のB&Bに入る。朝食が9時半からというので、朝食抜きで30ユーロで泊まることにする。夕食は浜辺のレストランでシーフードのパイ。旨い。

   
 インチに寄せる荒波(拡大写真へ)  インチの浜(拡大写真へ)

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