四国横断サイクリング(2014.3.31-4.05)
日本3酷道といわれる道がある。R418、R425、R439 であるが、現在はほとんど舗装され、また改修が進んでかつてのような酷さはないが、サイクリストとしては一度は通ってみたい道である。小生、ヨサクと呼ばれるR439はまだ走ったことはない。これは四国徳島市から始まって四国山中を突き抜けて高知県中村市(現四万十市)に到る全長348kmの長い国道である。R439を走ると四国横断の半分以上達成できる。途中で外れて、西に向かい佐田岬の先端まで行こう。山の中を走るのでどれぐらいかかるか見当がつきにくいが、まあ四日も走れば着くだろう。
3/31(月)
大阪からJRバスで徳島に向かう。運転手は「自転車は本当はダメなんですけどね」といいながらも大目に見て積んでくれた。空いている昼間の時間帯だったからだろう。
自転車を組み立てて、3時頃徳島駅前を出発する。この町は高校時代3年間を過ごしたところだ。下宿の前を通ってみる。庭付きの平屋だったが、今はビルとなっていて昔の面影はない。R438(剣山見ノ越まではR439と重複)を暫く走ると母校の徳島城南高校だ。昔は木造校舎だったが、今は昔の建物は一切残っていない。まあ、昔のままなのは運動場ぐらいか。玄関に流政之の「アババイ像」がある。へえ、こんな有名な彫刻家の像があるんだ。
府能峠への上り | シキミの花? | 鬼籠野の枝垂れ桜 |
鮎喰川沿いに走って行くと、桜の名所、明王寺の看板がある。見なくちゃ、見事な枝垂れ桜だ。満開である。この辺り満開の枝垂れ桜が道ばたの随所に見られる。川の流れの岩床が青石で出来ており美しい。
明王寺の枝垂れ桜 | 鮎喰川の青石 |
暫く走るとR193と交差する。この道も一度走ったことがある。番号は若いが大変な難路だ。ここから川井峠の登りにかかる。途中、案内板にR438通行止め情報が出ている。見ノ越近くで昨年秋崩落が起き、再開の時期は不明とある。ちょっと不安になるが、自転車は何とかなるだろうと進む。
トレーニング不足の為か、登りがきつい。やっとの事で川井峠のトンネルを抜ける。標高700m、約500mの登りだ。
見事な枝垂れ桜の下の道を下れば、四国一と謳われる穴吹川の清流に出る。
川井峠より剣山を望む | 川井峠の枝垂れ桜 | 穴吹川の清流 |
路傍の食料品店で聞くと、国道は今日開通したとのこと。ラッキー。穴吹川に沿って道はジリジリと高度を上げて行く。やがて、細くなった穴吹川を離れて剣山を目指して山腹を登って行く。最低のギアに落としてノロノロと漕ぐ。年寄りにはきつい登りだ。路傍に雪が見えてきた。修理されたばかりの崩落場所を過ぎると、見ノ越のトンネル。これを通り抜けると見ノ越だ。標高1400m、1000mの登りだった。午後3時30分。店も民宿もまだオープンされておらず寂しい佇まいだ。長居は無用。
路傍のミツマタの花 | 残雪 |
残雪の剣山 | 見ノ越トンネル |
ここからR438と別れ、R439は祖谷川を下ってゆく。奥祖谷かずら橋を過ぎると、三嶺登山口の名頃だ。阿波池田で育った私の少年時代はバスの終点であり、なかなかの集落だったが今は店の一軒もない。ここでテントを張ろうかなと考えていたが、食料がない。旧東祖谷山村の役場があった京上まで下り一方だから大したことはない。
名頃名物、人形の出迎え | 堰堤の連なる祖谷川源流 |
京上。こんな狭い土地が村の中心だったとは、さすが祖谷は山奥だ。宿屋が二軒ほど有るが、一軒は現在市会議員選挙に関係して忙しいので休業中。そのとばっちりでもう一軒は満室だ。狭い土地などでテントを張れるような場所もない。やむなく斜面に張り出して作られた役場の駐車場にテントを張らしてもらう。食料は貧弱な食料品店で缶詰、インスタントラーメンを仕入れる。酒屋はなく酒の自動販売機が一台あるだけ。
走行距離90km。
4/02(水)
今朝はまず京柱峠への登りにかかる。峠まで600mを2時間半かかってシコシコと登る。標高1100m。これで祖谷川ともお別れ。ここからは高知県だ。振り返ると3年前縦走した剣山系の寒峰、矢筈山がよく見える。峠の茶屋が開いている。今日からオープンとのこと。名物のイノシシうどんはまだ出来ないので焼きおにぎりとお茶で一休み。とくしまツール・ド・にし阿波2014 が5月下旬に行われるがこの京柱峠と落合峠を越える166kmのコースで獲得高度3500mとのこと。スゴイ。
京柱峠を見上げる | 峠よりの剣山系、寒峰と矢筈山を振り返る |
京柱峠 | 峠より高知県側、梶ヶ森を望む |
九十九折りの道を下って、土讃線豊永駅を目指す。
途中、粟生の名刹、定福寺に立ち寄る。ここは60年近く前、父に連れられてハイキングで訪れたことがある。当時、田舎の開業医として土日も休まず働いていた父が珍しく12、3歳だった私を頭に3、4歳の妹までの4人兄弟を連れて来てくれた。父と一緒に歩いた数少ない記憶の場所である。境内で一休みして、若い住職と当時の思い出を話す。
豊永で吉野川本流に出たR439 はR32と合流する。しばらく吉野川に沿って上流に走るとR32は支流穴内川に沿って高知市へと向かうので、少しの間国道と別れて田舎道を吉野川本流に沿って走り、大豊で再びR439に入る。本山を過ぎるとやがて四国の水がめ、早明浦ダムの偉容が正面に見えてくる。道の駅で、お寿司とミンチカツを買って昼食。どちらも美味い。この辺り、土佐町は土佐赤牛の産地だからこれも赤牛かな?
吉野川本流 | 早明浦ダム |
ここからR439は吉野川本流から外れて、地蔵寺川という支流に沿う。この辺り道は綺麗で走りよい。地蔵寺川を詰めて標高500mの郷ノ峰トンネルを越えると仁淀川流域に入る。支流の上八川川を下っているとR194とクロスするあたりでパラパラと降ってきた。道の駅でしばらく休憩する。天候は持ちそうなのでそのまま出発する。新大峠トンネル。ここは旧道を通るべきだろうがもうその元気は残っていない。3kmと長いが、車はほとんど通っていないので、車道でも安心して走れる。峠を下ると大きな集落が見えてきた。池川だ。もう5時だ。集落の外れにテントサイトを見つけたが、今日は宿には行ってゆっくりしたいな。
池川集落 |
幸い民宿が一軒ある。今からでも食事を作ってくれるとのことで、有難く宿泊する。
今日の走行距離110km。
4/03(木)
池川から数キロ土居川を南下すると仁淀川本流と合流する。ここで道を間違えた。下流に向かって4キロほど走ったところで越知町に入った。あれ? 越知町を通る予定はないはずだが。ここで地図を見直してR33を反対に走っていることに気がつき引き返す。R33との重複区間を走っていると川岸に満開の美しい花モモが植わっている。しばらく花を愛でながら休憩する。
R33と別れるとR439は仁淀川支流の長者川を上ってゆく。源流が近づくとなかなか厳しい登りとなる。この山の上には日本一大きな石灰鉱山の鳥形山鉱山があるらしい。矢筈トンネル。標高750m。トンネル入り口から四万十川源流の碑に通じる道がある。十数年前、友人と四万十川を遡るサイクリングをやったとき、この道を反対側から抜けようとしたが荒れた怪しげな林道だったためあきらめた記憶がある。今は舗装されているようだ。 トンネルを越えると四万十川流域に入る。少し下ると天狗高原に上がる道を分ける。最初の計画ではここから天狗高原に上がって峰を西に走るつもりだったがとっくにそんな気持ちは失せている。なにせ1000mの急登だ。それに天候も怪しげだし、山の上で雨に降られると悲惨だ。
R439を下ってゆくと津野町中心部でR197とクロスする。ここでR197に乗り換えて西へと辿る。R439は四万十川河口の中村へと南下する。さらば、R439。
仁淀川 | 満開の花桃 | 矢筈トンネル |
谷間のミヤマトサミズキ? | 集落入り口の大草鞋−魔除け | 檮原 |
小さな峠を二つ、三つ越えると檮原町だ。土佐勤王党や坂本竜馬ゆかりの地でゆっくり見たいところだが、今日は先を急ぐ。また来よう。
西へ走り高研山トンネルを抜けて愛媛県鬼北町に入る。このトンネルも旧道を越えるべきところだが全くそんな元気はない。愛媛県へ入ってもここはまだ四万十川流域のようだ。日吉でR197は北に向かい小さな岡を越えると西予市城川に入る。ここは肱川流域だ。R197は大洲へと続く。鹿野川ダムではとうとう雨になってきた。天気がよければダムに沿った旧道を走ると気持ちよさそうだが、新しい道を急ぐ。この辺りは長いトンネルが続き、交通量も多くすこぶる不愉快な道だ。どんどん飛ばして走る。小雨の中ようやく大洲の町に入る。行き当たりばったりで街中のビジネス旅館というのに入る。薄汚いが易いのが気に入った。夕食は近くの居酒屋でとる。
愛媛県に入る | 茶堂−巡礼の接待所 |
肱川 | 大洲城 |
走行距離130km。
4/04(金)
雨は降っていないが陰鬱な空模様のなか、八幡浜へと向かう。交通量の多い夜昼トンネルを抜けると八幡浜市街である。港を見てR197へ入ろうとしたが、自動車専用道路に出てしまった。バックして海岸沿いに保内町に出る。ここも古い餅並みが残っていて洋館を見学する。
八幡浜港 | 保内町の洋館 |
R197に戻り、佐田岬を目指す。道は良いのだが山の尾根伝いに作ってあり上り下りとトンネルが多い。おまけに三崎から国道フェリーが出ているものだから大型車両の行き来も多く、あまり快適な道ではない。今度来るときがもしあったらのんびり旧国道を走りたい。今日は全国的に悪天候のようで強風が吹き渡っているが、幸い雨は降りそうになく青空が出てきた。
向かい風やら、横風やらでヨタヨタしながら西へと向かう。長い! 日本一細長い半島だというのが実感できる。
伊方原電の記念館に立ちより、原電を展望する。この辺り稜線には風力発電機も並んでおり、折からの強風で勢いよく回っている。原電の悪イメージのカモフラージュかな?
伊方原電 | 稜線の風力発電 | 満開の山桜 |
強風にあおられながら昼過ぎようやく三崎港到着。賑やかな港町を想像していたが、昼飯が食べられるような食堂もないひっそりとした港だ。今日はここで泊まりと決めて、旅館に入り、荷物を下ろす。
近くの店で名物のじゃこ天を買い昼飯にして、空荷で佐田岬に向かう。おっ! 空荷にすると自転車が軽い。軽々と坂道が登れる。と思ったのは最初の半時間ほど、やっぱり坂は苦しい。
急斜面のミカン畑の中の道を走る。ミカン畑は風よけのためか生け垣で細かく仕切られている。アイルランドのアラン島の石垣を思い出す。ここら辺のミカンは清見、デコポンと行った晩柑類で高級品種のようだ。
一度、内之浦で海岸まで下り、また強風の中急坂を稜線まで上り返す。お婆さんがアスファルトの路上にヒジキを干している。駐車場に自転車を置いて、20分ほど歩くと佐田岬灯台に出る。対岸の佐賀関は10km程の目と鼻の先だ。豊後水道は白波が立っている。
これで今回の目的達成だ。
駐車場まで帰って、漁師らしい老人と話する。「スゴイ波風ですね。」「冬はこんなもんではない。それと台風の時はもっともっとスゴイ。」それはそうだろうな。
生け垣に囲まれたミカン畑 | 白波 |
佐田岬の浜 | 佐田岬灯台 |
宿に帰ると、主人が昨日も今日も漁師が舟を出していないので名物の一本釣りのアジやサバはないとのこと。これもやむを得ない。しかし大阪では見たことのないような大きなメバルの煮付けが出て、大変美味しかった。
明日は八幡浜まで自走する気は失せた、バスで帰ろう。
走行距離(佐田岬まで)80km
徳島から佐田岬まで約430kmでした。
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