最果ての大地 −パタゴニア− (3) フエゴ島 (アルゼンチン)
2/05 今日はフエゴ島(Tierra del Fuego)のウシュアイアまでの移動日だ。12時間のバスの旅となる。隣の席はスイス人の若い女性バックパッカーだ。私をパイネのディクソン小屋で見かけたという。バーゼル近くの電機会社で働いており、2、3年仕事をしてお金を貯めては、長期休暇を取って世界各地を廻っているのだとのこと。今回は南米を6ヶ月かけて回っている途中で、このあとコロンビアに向かうとのこと。へー、勇気ある女性というか、無鉄砲というか。
フエゴとは炎の意味で、マゼランが航行しているとき島に点点と炎が見えたことから、炎の大地(Tierra del Fuego)と名付けた。原住民の焚き火だったらしい。この島もチリとアルゼンチン領に真っ二つに別けられている。
朝プンタ・アレーナスを出発したバスは、フェリーでマゼラン海峡を渡りフエゴ島に入る。チリ側の未舗装の道路を濛々と砂煙を挙げながら走ること100キロ位?、国境を越えてアルゼンチンに入る。出国と入国の手続きに長々と時間がかかる。ここで日本人らしい中年男性のサイクリストを見かける。全身砂埃で真っ白だ。こんな所を南に向かっているのは、多分南米大陸縦断のサイクリストだろう。羨ましいが、もう真似できない。
アルゼンチンに入ると道路はよくなり、バスは快適に走行する。大きな氷河湖を下に見ながら峠を越えて、ウシュアイアに到着する。実際にかかった時間は8、9時間だったか。
ウシュアイアは人口10万足らずで、世界最南端の都市だ。ビーグル海峡に面した港町で、背後は山になった坂だらけの町である。
プンタ・アレーナスの旅行社で予約してあったホテルに入り、近くのシーフードレストランで、タラバガニのキャセロールを食べる。旨い。
2/06 夕方から、クルージングなので、それまでは市内見物だ。まずは監獄博物館。この町は流刑地として始まり、囚人によって拓かれた町らしい。フエゴ島はあまりに寒くて、農業や牧畜は出来ず魚以外の食料は全て北から持ち込まなければならないので、物価は高い。今のウシュアイアはフリーポートであり、観光と若干の交易で成り立っている町のようだ。
それから地の果て博物館、原住民・ヤマナ族の博物館。あとは町でただ一本ある大通りの土産物店を覗いたり、海岸通りを散歩して時間をつぶす。
監獄博物館 | 監獄博物館 | 原住民・ヤマナ族(拡大写真へ) |
夕方、クルーズ船・Via Australis号に乗船する。乗客100名ほどの小さな船だが、なかなか美しい。これから3泊、5つ星ホテルに宿泊する位の値段だが、時間をつぶすためにやむを得ない。キャビンはツインのシングルユースでゆったりとしている。
夕食。乗客の大半はスペイン語圏からの人たちだが、私はそれ以外の人たちから構成されるテーブルに坐る。3日間、3食同じテーブルになる。同席は米国人の老夫婦、フランス人の中年夫婦、スイス人の若い夫婦の取り合わせである。高いだけあってなかなか豪華な夕食であった。
夜中、GPSでチェックするとビーグル海峡をウロウロしている。
2/07 午前と午後、2回ゴムボートで上陸して2時間ほどのエクスカーションを行う。
午前はビーグル海峡のガリバルディフィヨルドに上陸して、密林の中のぬかるみの小径を上って小さな滝の下に出る。山慣れたものにとってはなんと言うこともない散歩であるが、あまり山に行ったことのない人にとっては結構新鮮かも。
午後も近くの丘に登ってピア氷河を展望する。これもなんと言うこともなし。ただビーグル海峡の航行はダーウィンを乗せたビーグル号がここを初めて通ったことを思うと感慨深いものがある。両岸の巾は1キロにも満たず、雲霧の中北岸から幾つもの氷河が流れ落ちてくる景観は陰鬱ながら見事である。
2/08 夜のうちに、ホーン岬近くまで航行してきている。この辺は波が荒いところなので悪天候ならば上陸できないが、今日は幸い薄曇りながら好天のうちに入るのだろう。波も静かである。ゴムボートに分乗して上陸する。南米最南端で南極に最も近いところということでちょっと感激する。灯台とその隣に小さな教会があるのみで全く荒涼とした場所である。住人は灯台守が夫婦で住んでいるだけ。
午後はウシュアイア近くの湾に上陸してエクスカーション。健脚コースに参加するも膝の痛みがひどく、諦めて砂浜を散策するグループに入る。夕暮れと共に寒さが厳しくなる。
2/09 朝、下船。実質3泊2日だった。ホーン岬へ行けたのが唯一の収穫だった。
バスでティエラ・デル・フエゴ国立公園に向かう。ロカ湖の流れ出しにあるキャンプ場にテントを張る。
流れに沿って下流へとブラブラ散歩する。野鳥が人を恐れることなく岸辺を歩いている。途中、ネグロ小湖へ立ち寄る。泥炭地の湿原だ。海岸まで数キロの散歩だった。国立公園といってもそれほど凄い景観ではない。バスでキャンプまで帰る。
キャンプサイト付近 (拡大写真へ) | 河口への散歩(拡大写真へ) | マゼランガモ(拡大写真へ) |
ネグロ小湖 (拡大写真へ) | イエローオーキッド(Gavilea lutea) (拡大写真へ) | トキの一種? (拡大写真へ) |
2/10 公園内の最高峰グアヤコ山(970m)に登る。山頂まで4km、ほとんど海抜0mからの登りであり、なかなかの登山だ。レンガの樹林帯を抜け泥炭の湿原を渉るとガレ場の登りとなる。真夏というのに雪がちらついている。ウシュアイア辺りは北だとカムチャッカ半島の中程に当たる緯度だ。
頂上。雪が舞い、雲が流れて眺望はあまりよくない。晴れていれば素晴らしい眺めと思われる。
ロカ湖畔まで下りる。この湖の半分はチリ領で国境まで遊歩道があるが、特にこの辺りと違った景観が期待できるわけでもなさそうなのでキャンプ場に帰る。
もう一晩泊まる予定だったが、公園内に特に見どころもなさそうなので、急いでテントをたたみ、最終バスでウシュアイアに帰る。
2/11 今日はエスメラルダ湖へのエクスカーション。半日程度のコースであるがバスは昼前にしか出ない。帰りのバスまで指定で実動は4時間半しかない。湖までの往復に3時間として、湖一周するのに1.5時間しかなくゆっくりする暇はない。
あいにくの雨である。湖までの道は湿地帯を抜けるため、以前は長靴が必須だったが今は道が改修されて登山靴を濡らすこともない。
湿地帯の小川にはビーバーのダムが点々とある。こんな所にビーバーがいるとは? どうもだいぶ昔、カナダから持ってきて放したようだ。今では増えすぎて問題になっているようだ。ビーバーが見えるかと思ったが、夜行性で夜しか見られないようだ。
エスメラルダ湖。小さな氷河湖でそれなりに美しいが、今まで幾つも見てきたのであまり感激するほどのことはない。一周しようと一番奥までいったが、この辺りは湿原でなかなか歩きにくい。あきらめてバックする。この辺りにもビーバーのダムがある。ビーバーが囓った木が倒れている。直径20センチぐらいある。こんな大きな木を倒してどうやってダムまで運ぶのだろう?
町に帰って、両替所でドルをアルゼンチンペソに換えてもらう。1ドルが12.5ペソだ。公定では8.7ペソ、ブエノスアイレスやカラファテの町中では10ペソで換算してくれた。
クレジットカードがドルで計算してくれればいいのだがそれはダメでペソでしか支払えない。ということは当然公定レートでの計算になるからだいぶ損になる。アルゼンチンは経済的だいぶ苦境にあるようだから、こういうことになっているのだろうか。結局この国を旅行するには、ドルを現金でたっぷり持って行くのが賢い。勉強不足でっだいぶ損をした。
2/12 今日は町の裏の山であるマルティアル氷河まで登ることにする。
タクシーで登山口まで行き、登り出す。正面の岩山が美しい。氷河はだいぶ上の方で、実際に行けるのはその下端の雪渓の部分まで。北アルプスの雪渓と変わりない。
今日の天気は晴れと曇りが交互にやって来て、晴れるとポカポカと暖かいが曇ると途端に気温が下がり日本の冬のようになる。風の冷たさが身にしみる。
雪渓から振り返るとウシュアイアの町とその前のビーグル海峡がきれいに見える。
町で買ったハイキングマップに町の裏手に山沿いにルートがある。これを辿って町の反対側まで歩いてみよう。ところがこれがひどい湿地帯である。湿地帯では何とか踏み跡が辿れたが、樹林帯に入るとたちまち道が判らなくなった。ウロウロしているといつの間にか逆方向に歩いている。リングワンデリングしている。
小さな流れに沿って取水用のホースが何本も走っている。もうあきらめてこれを伝って町へ下ろう。出たところは樹林帯を不法に切り開いて作ったと思われるスラム地帯だ。水道が引けないので、谷川の水を飲んでいるのだろう。電気は使わしてくれるのかな。
湿地帯彷徨(1) | 湿地帯彷徨(2) | スラム地帯 |
さすがにもう長い間の歩きで膝が痛い。びっこを引きながら宿まで戻る。
2/13 午前中、土産物屋を廻り孫たちへの土産を探す。ペンギンのフィギャーぐらいしか適当なものはない。インカローズというピンクの石で作ったものと水晶を氷原に見立てたものを買う。
午後はペンギン見物のツアーに参加。バスでウシュアイアの東にあるハーバートン牧場に向かう。ここは牧場といっても、この地帯で牧畜が出来るわけもなく現在は観光牧場である。海獣の骨格標本を陳列した博物館を見学して、ボートでペンギンが棲息している小島に渡る。
浜辺にギッシリと小型のマゼランペンギンと少し大きいジェンツーペンギンが立っている。すぐそばまで寄ってもまったく人間のことは気にしていない。なにかホッコリと心が温まる光景である。
ここに2年ほどまえから3羽の王様ペンギンが遊びに来ている。遊びに来ているというのは別にここで営巣・産卵をする様子もなくブラブラしているだけのようだからである。なぜここにいるのかは誰にも理解できないようだ。
丘に登るとペンギンの営巣地がある。子育てももう終わりの時期らしく雛の姿はあまり見かけられない。
浜辺には観光船が近づいて、船からペンギンを見ている。こちらは上陸は出来ないようだ。
パタゴニアの最後にふさわしい心に残る情景だった。
ほとんどマゼランペンギン(拡大写真へ) | ジェンツーペンギン(拡大写真へ) | 王様ペンギン(拡大写真へ) |
マゼランペンギン(拡大写真へ) | 雛をはぐくむ(拡大写真へ) | 強風に曝されたレンガの樹(拡大写真へ) |
2/14 ウシュアイア郊外の空港からブエノスアイレスに向けて出発する。長かったパタゴニア一人旅もお終い。
後記:帰国して一ヶ月ほどは旅の興奮が冷めやらない状態だった。なにか今までのストレスが一気に消え去り、もうちょっと働いてもいいかという気になっているこの頃である。