思い出の山 〜平ヶ岳〜
利根川源流域の最高峰・平ヶ岳(2140m)は深田久弥も書いているように私が登った30年ほど前にはアプローチが長くて大変登りにくい山であった。利根川源流域の地図を眺めていて、利根川源流の水長沢を詰めて平ヶ岳に立ちたいと思った。
30年ほど前の夏、平ヶ岳登山を実行しようと水上駅へ向かったが列車の外はひどい雨であった。この雨では沢に入るのは無理だと諦めたが、せっかく大阪から出てきたのだからこのまま帰るわけにもいかないから、鷹ノ巣登山口からの日帰りピストンにしようと沼田駅で途中下車した。鳩待峠からガスで何も見えない尾瀬ヶ原を通って温泉小屋で一泊。次の日も雨の中、増水で凄い迫力の平滑・三条の滝を見て渋沢小屋から清四郎小屋に到着した。昼過ぎに小屋に着いたが、この頃はすっかり天気は回復していた。明日は暑いぞ。沢を歩く予定であったので持参していたルアーを小屋の前でちょっと振ってみたが全然あたりは無し。
翌日は快晴。早朝から鷹ノ巣登山道を登る。実は登山の記憶はあまりない。長い長い尾根道をジリジリと照りつけられながら同宿の人何人かと一緒に登ったこと、山頂の草原で二時間ほどノンビリしたことぐらいである。でも素晴らしかったとの記憶はある。下りてきて清四郎小屋にもう一泊したのだろうが、どうやって帰ったのかは記憶にない。
数年後の夏、赤城山麓で仕事上の研修会があり、同僚と参加した。研修会が終わり、荷物は同僚に託して、登山道具だけで念願の水長沢経由の平ヶ岳登山に向かった。どうやって矢木沢ダムまで行ったのかな? とにかく夕方、ダム堰堤に到着した。当時の国土地理院の地形図にはダム沿いに林道が相当奥まで入っている(現在の地形図の破線路?)ので、水長沢に入るのは簡単だと思っていたのだが、これがすっかり荒れ果てていて道幅は広いがすっかりイバラで覆われていて大変なことになっていた。少し林道を入った所にツエルトを張る。
翌日、イバラをかき分けてトゲに刺されながらトロトロと進んで行き、林道終点から踏み跡を辿って割沢手前で尾根を越えバックウォーターを歩いて水長沢に入る。水長沢は当時のガイドブックによるとそれほど難度の高い沢ではなかったが、単独行なので出来るだけ踏み跡(杣道)を辿って先に進む。滝などはどんどん捲いて進む。そんなことで本当に沢を歩いたのはたいして無かったような気がするし、怖いところは二、三カ所ぐらいだったような。水長沢を数時間遡ったところでツエルトを張る。夜中に何者かに足を踏んづけられたことは「動物記」に書いた。
翌日もいい天気。沢を伝ってゆく。文殊沢を分け、源流の水鉛の沢に入ると高度差はかなりあるがもう危険なところはない。ゆっくりと登ってゆく。最後の笹ブッシュを漕ぎ上がると、ぽっかりと平ヶ岳山頂の平原に出る。山頂でノンビリするのは明日にしよう。池の岳の水場にツエルトを張る。
この日も快晴。山頂あたりを彷徨する。越後三山方面にも踏み跡は続いているようである。何時か行ってみたいな。今日も誰も登ってこない。草原で寝転んで昼寝、暖かい。さすがに一日は長い。たまご石から下の方につづく地図にない道がある。あるいはこの頃もう中ノ俣から上がってくる道が開かれていたのかな? 何となく一日が過ぎていった。素晴らしい一日だった。
次の日、ゆっくりと鷹ノ巣へ下った。途中、熊を見かけたことは「動物記」に書いた。暑い日だったが、下りてからビールを飲もうと水制限などという馬鹿なことをやり、危うく熱射病になりかかりあわてて横の谷川へ飛び込んだ。あとは渡船で奥只見へ出て、平ヶ岳山行は終わったのであった。
この当時、カメラをもって山へ行くことが少なかったので、残念ながら写真はない。