夜歩く

 昔、大学に勤めていた時に、院生に熊本大学出身者がいた。彼の話では、体育祭の時、遠歩といって真夜中に阿蘇山頂を出発して大学キャンパスまで歩く行事があるらしい。大体60キロぐらい歩くとのこと。
 小生、これにいたく興味を引かれた。ちょっとやってみようか。夕方列車で適当な所まで行って、そこから大阪の自宅を目指して歩き出す。まずは福知山線でやってみよう。
 季節は覚えていないが、多分夏の終わり頃だったのではないかな。
 まず、大阪駅から夜の各駅停車で北へ向かう。下りたのは春日町の黒津駅。今は丹波市になっている。多分10時頃だったろう。黒津駅から東に向かって歩き篠山を目指す。県道69号線だ。初めは県道で篠山まで行くつもりだったが、国領温泉の入り口あたりで気が変わった。山越えで近道しよう。ここから佐仲峠を越えて篠山盆地に入るとだいぶ近道だ。
 林道を南に入ってゆき、真っ暗な杉林の中の山道を登ってゆく。月は出てなかったようで真っ暗だった記憶がある。300m程登ると佐仲峠だ。ここまで登ったのだからついでに黒頭峰へピストンしておこう。尾根づたいに少し藪漕ぎもしてピークに立ったが、真っ暗で何を見たかは記憶にない。
 さて佐仲ダムの方へ下ったのだが、どの道を下ったのだか。谷が狭くて、結構怖い思いをしたので、峠の南側の谷を下ったのかも知れない。後はトコトコと篠山の町まで歩いた。篠山の町は深夜で、当時はコンビニなんてものはなかったから、自動販売機でジュースを飲んだくらいか。
 深夜の道路を南下して美濃坂峠を目指す。持参していたパンをかじりながら、当時は舗装されていなかった道(県道49号線)を登っていった。峠を下ると母子(もうし)、永沢寺で大休止。この頃白々と明けてきた。49号線を谷沿いに下ってゆき、乙原まで来た頃にはすっかり明るなったいた。もう十分だ。歩くのが嫌になった。始発のバスまでしばらくあるので、バスに追いつかれるところまで歩いてお終いにしよう。
 小野あたりまで歩いたのかな。大体40kmぐらい歩いた勘定だ。マラソンの距離か、時間のかかった割には大したことなかった。それにしても全く人には会わなかった。
 さて、遠歩は思ったほど楽しくはなかったので、暫くは中止していた。

 その頃、東海自然歩道を歩くのが流行っていたので、小生も流行に遅れまいと箕面から日帰りで繋いで行けるところまで行こうと歩き出した。2回で嵐山まで来たのだが、9号線の歩道を歩かされたりしてどうも面白くない。それでこの先は夜歩くことにした。
 嵐山から鞍馬、大原へ出て、比叡に登る。それから深夜の尾根を縦走して、延暦寺、三井寺、蝉丸神社まで歩いて第1回終了。この時は回峰行の行者さんと出会ったり、早朝の浄土院(伝教大師の御廟)の佇まいなど印象深いことが多く、なかなか楽しかった。
 その次は蝉丸神社から音羽山に登り、瀬田川に下った。この時下りでカラスの寝床の下を恐る恐る通ったことは、動物記に書いた。太神山不動寺で霜の降るなかお堂の縁側で震えながら仮眠したことも覚えている。紫香楽宮跡ではすっかり明るくなり、あとは甲賀の丘陵地帯を歩いて柘植まで到着した。
 ここで小生の東海自然歩道歩きはストップしたままである。