句誌海紅より
平成五年より十三年にかけて句誌海紅に投稿した青露さんの自由律俳句です
若き亡骸にビル風むごくシャツを剥ぐ
実を拾い大樹椎と知り風を待つ
夫より先にこおろぎ帰ってきた
金の粒敷きつめて木犀フィナ−レ
眠いので帰って下さいお月様
群青を切り裂くジャンボは星座もこわす
鳥瓜つるごと引きずり子等立ち話
柚子黄ばみ高層の植木鉢にもちゃんと秋
夜勤明けの夫みちくさの訳むかご採り
肌ひからせ恋話とめどなく蜜柑いくつ
季の証にと風呂に浮かべし柚子いびつ
電飾のツリ−綿を雪と言いつつ子は撫でる
かりん硬く酒への想いこめて刃物とぐ
足場通り過ぎる作業靴の紐たて結び
五十三本のバラ描き行年のあかしと肩ごしに
暴走族と呼ばれる人シクラメン鉢だきエレベ−タ−の隅
異国への電話ショ−ル巻きつつ時差の指折る
滅亡の予言ある年の近づく今朝も陽はおだやか
広き宇宙より神住む出雲を星は探しあて
尾直角に立てて猫雪溜りをよけて行く
風花髪に溶けこみ梅肩にとまる
恋せし人時が友とし沈丁花一枝
羽持つものを紙吹雪にかえて春一番
風邪すこし親しきほうじ茶ぬるくして
あの花咲いたが夫婦の月日
夢なれど胸ととのわず林檎むく
夢よぎるしらぎぬの人背を向けて
雨直線赤白の煙突エンタシス
夕焼けの底残したまま都心日付変更
花びらの浮き橋輪廻を水がはこびゆく
鉛筆の芯陽にすかしつつ言葉ゆらす
木場の名残り夜廻りの音湯の中にも
病む人の瞳持ち帰る昇り坂
時に吸い取られ父の字薄く志津子一歳
セロリ一株白磁の壺が振付け師
香る星地のゆれる雨の夜
土の匂い恋しく爪は地にむかい
西瓜はキッチンの隅今朝も雨
東京音頭など知らぬ子は浴衣の袖をもてあまし
人工の町に住み足跡残せぬ誕生日
蛇口のゆるみに耳たぶ熱く台風接近
鉄の函にのり扉開いて心解く
話したくない言葉切手の鶴にくわえさせ
花びらゆれる絵手紙に血脈迷うた熱帯夜
なし一切れうつらうつらと夫待つ
酔いどれても樹肌冷たき百日紅
友住む国のイニシャルつくりて鳥渡る
文にくるまれしるり色の露手にとどめなく
夕焼け見つつ蜜柑むくむく指も金色に
心刺し読み残した本の背表紙を月が指す
閉め忘れた小窓から冬の匂い雨のにおい
冬のベンチ足組みかえて染めむらなくす
椅子ずらして夕陽の端で少女になる
煙草ねじ消して血潮燃やした文すてる
肺の形身に重い木枯らしの帰り道
つつがなく終わった日は髪湿らせたままココア
制服に心閉じこめたこともあるフリ−タ−という子は
黙したままでつり銭受け取る自販機に礼して
軍医の空しさ写経で封して父は逝く
魚焼くにおい換気扇から忍びこむ団地午前三時
我の部屋から虹たつ傘たたみ空見上げれば
空白の手帳捨て主婦と書く職業欄
餓死の子を抱く母の眼はテレビに黒き穴つくる
時報に息止め三本の針逢わす
チュ−リップのふくらみ艶めかしい言葉途切れた時は
天に止まる凧引く子の背を風が押し
透明な朝みそぎ済ませたこぶし昇天
絵ロウソク花は散りゆく血の色たらして
ひな飾る歳過ぎて薄紙の黄ばみ透かし見る
ブランコを夕陽がゆらす保育園
風になりまぎれこみたい花びらの渦の中
月光を吸いつくしてこぶしは銀のオブジェ
まっ白なタオルで空をふきたい
夢やぶる湿った朝刊の重き音
父に天の川おそわり今はどちらも失いて
病む人に絵葉書えらぶせめてひまわり
歯けずる医師の手ほほに冷たく重く
抱かれるを拒ばむ猫の目は不信にとがり
青き眼の猫やわらかき体温ゆだね
月光の色した白粉花はこんもり香る
灯ともり人影動く団地の窓にぬくもり
老いし母から定時に電話のベル四回無事ですと
海と川の夏子等はプ−ルの日と言う
最終バスの一人になりて深呼吸
うずくまる木彫の鳥を瞳でえらび
満月正面に熱い茶ひとりじめ
眠りたりた朝秋の雲がいっぱい
細首の少年逆光の奥にねじこまれ
一行消した手紙飛行機雲の中に浮き
人なき美術館で深海魚の如くひるがえる
高層をバウンドして月ちぢむ
重ねた皿少しゆがめた稲光り
髪切った夜手になじんだ櫛はとまどって
言葉つかわぬ日歯ブラシもいとおしく
明けの明星空のボタンを陽に渡し
空にミシンかけて鳥巣へ帰る
あざみが好きと知らぬはずの師よりの句にその花
未来への夢抱いて裸木ふんばる木枯らしに
恒星ときめた指輪きめたあの夜
三日正月少し曇った祝いの箸の先
瞳そらさぬ子にたじろいで山茶花くずれ
追伸に風花だけと斜め書
父の万年筆癖にひきずられ字のくせも似る
霧多すぎ町からあふれ地下にもぐる
自分への手紙のあて名海紅社御中
湯豆腐がすこし熱い立春の夜
寄せ来る水輪の芯に鯉の春
戦争も地震もテレビの中霜柱ぎしぎし
枝ゆれて花盗人の尾がちらり
たけのこご飯よそってから芽つむ山椒鉢
春一番に言葉とばされつつ立ち話
オリオンいつもかけてる空は広いのに
夢の底を電話のベルがつきぬける
桜前線においこされたまま苗木眠る
花にけむる街が待つ電車のチケット桜色
時計草の蔓だけ私の時間に手を添えて
桜桃忌も心ゆるがぬ歳に悲しく
未来都市の夜エレベ−タ−蛍のふり
闇からのてまねきに朱き花を楯として
メロン呼吸しふくらみつづけて部屋ふさぐ
変色した団扇そっと包む父の逝った日
目をこらし花のゆれとらえてひとときの涼
誇らしげに百日紅ゆらす風はわたしのものと
デジタル時計の日付音なく変わり熱帯夜のびる
リリアンねだる義母は透明な乙女の瞳
封筒から木の実ころがり落ちる旅人の文
月光浸みこんだ重きカ−テン深夜ひく
香水を少しつけよう鰯雲
落ち葉はさむ秘密の言葉があるぺ−ジ
雲と鳥がマラソン夕日めがけて
引出しの奥からつげの櫛見つけて髪切るを悔やむ
息吸うごとに花の香り近くなる帰り道
留守録で自分の声聞く紅茶苦く
太古の人も火をたくかスト−ブつける木枯し
山茶花さきはじめ追いこされてばかりの道
角をまがれば次元を移るような暗やみ
何もしなかった今日も自分史の一ぺ−ジになるもどかしさ
さか上がり出来たよと言う子男の子
葱持つ人ばかりのエレベ−タ−無口のまま軽くなり
天気図の曲線見て目覚ましの針ずらす
時計の早まわしシクラメン飾る月
風の呼吸にあわせ紙飛行機ナイフのごとく投げ
しきたり捨てきれず小さな輪飾り夫婦だけの正月
店の奥でテレビ見ているおばさん私の声とどかず
根から命伝わるをヒヤシンス教える窓辺
雪降ってるかと雑音の隙間の声自動車電話から
ばらの花エアコンの風たえて紙の音
言葉水泡になってきえゆくせめて椿の重さに
悲しみも喜びも真白の電話から流れる心の色消して
一人の食事にたまもの芹の香
マネキンの目は宙をさまよう人となれぬ悲しみ
蛇口から吹き出す針のごとき輝き手にささり
香水の封切る風化が記念日
切子グラスで乾杯樹氷の音さして
友来る予感朝刊のしめり
転居の通知それぞれの春ゆらり
紫木蓮は黒の花夕立のきざし
祈りの姿でオ−プニング初舞台の辛夷
アイスクリ−ムわけあう噴水の霧ごしに
桐の花と同じ色に髪染める見そこなった恨み
失語症の人ばかりタクシ−待つ小雨
蝉の鳴く声ひびく盆の夜
白いサンダルが光ってるやっぱり買おう
夕焼けを犬も見つめている思いは何を
宇宙から星呼びよせて満開の花火
ビルに虹ちょんぎられて夢のびず
てのひらのゆがみ良く知る人の焼いた皿
骨の流れ指でなぞった鰯雲
銀のスプ−ンさびついたまま夏終る
シャボン玉吹く子水族館のあの魚
陽と我と終点知らぬ道を行く
ものかげから子猫と落ち葉もつれ出る
百日紅かごめかごめ鬼は月
湯に浸る形にして人は何かを想いおる
温室で花より強き香水にぶつかって
新米と思うて舌のあいまいさをなぐさめる
落ち葉ふんで行けば突き当たりの友の家
高き欅がうらやまし夕日の最後見えぬ窓
最後の待ち針ぬいて春のスカ−ト
立ち食いそばを機械のごとく通る朝の男
ごめんねと声かけて通るしゃぼん玉
勾玉を残し溶けゆきし人想う地の黒さ
人声がころがり行く深きくらやみ
椿の花が地に赤き輪を描く雨の朝
ミルクティ−の湯気が夫の顔ゆるめ
同窓会は夫婦別姓を先取りし
回転ドアから傘がころがり出る春一番
がんばれと声かけてやりたい羽化の重さ
ステンドグラスの羽つくりあげはは夏の陽に向かい
風鈴もゆれぬ夜なのに蝉は輪唱
病む人への電話切って汗をふく
返事する子の如く連なり咲き行く朝顔の青
父の日記細き煙にまとめ彼岸へ送る
てのひらの数より少ないどんぐり配る
帰宅してまず小鳥に話しかける夫の疲れ
秋のプ−ル木の葉浮かべてやすらかな日々
ついてくる影を消したい心は刃物
夜光塗料に光る文字を見つめたままで朝の音
灯を消してつかの間くらやみだけが色なき時間
陽を見あげる鳩は首を横にし
どこの蛇口かわかるほどのゆるみひどき水栓にくむ
ぜんまいが切れてソフトクリ−ムくずれ落つ
命はぐくむもの巣箱かすかにゆらす陽を待って
今の想いのぞきこむ如く眼科医はまぶた開く
立ち話の輪さけて通り行けば輪にぶつかる
パパとママに呼び名変わり友は違う世界の人の顔
輸入野菜切る我も故郷から遠き部屋
旬と共に宅配便で蟻も来た
亡き人の表札まだあった迷わず着けば
レントゲンの空洞失くした思いより大きすぎ
芽ぶく熱さを部屋に持ち帰る休日の夕
もうすぐメロンの箱が2つ届くあの人とあの人から
コロンの香りと男言葉でおんなを消してるひめやか
祖母からのひなは我より若き顔
宿り木と苔を自己史に刻み込む榎みどり
国境のごとくシ−トの色変えて異国の花見
風鈴も動かぬ盆弟の声父かと思う
ほうせん花そっとノックして種頼む
羽の形の水しぶき陽にきらめかす白鳥王のごとく
子猫にとどかぬ高さを蝶は楽しく
カレンダ−薄くなり鰯雲秋雨前線木犀のかおり
惜しみなく蝉鳴く予報はずれた雨
味消えたガムかみつつ逃げ水追う友送った日
ジャムのふたを軽々と開ける子の手ジャムの色
ジグザグの雲の切れ目に直線引く渡り鳥
的探して矢のごとく雨降る一本が手に
保護色で住みついた虫いとしくそっと風除けつくる
冬までの命と告げられた友のスカ−フ春の花色
友と見た夕焼けを一人でもぐりこむ真っ黒の夜
台風の夜柚子一つ落ちパズル完成
枯葉つけてトップランナ−テ−プ切る
恋にやぶれ眠る猫の尾だらり
句つくる私の中に欲しいあの人の心
はさみの音早くなり私の物でなくなる髪いとし
痛む歯をいたわって汁の大根細切りに
昼の月雲にけされぬかたき白
降り続く意志ある雨に土鍋出す
道迷いマフラ−ゆるめて見わたして
霜に耐えた力甘く葉先にためこんで
冬は樹の緑も見せかけビル街モノクロ
旧姓しるした辞書まだ使っているこれからも
きのうの想いふりきってしまおう脱水機
足からバッグまで犬にかがれて友の家
十二歳の肌嫉妬感じる透明さ
友の手紙三通あるだけで幸せな夜
花びらごとシ−とたたんで花見終ゆ
移転する友はこっそり花ちぎる
こぶしおぼろ乱視の眼持つ季節来る
色あざやかなカプセル数えて飲む病は何色
暑さあらわす言葉ありったけ吸ったTシャツ
一日を記憶から消す真夏日と言うブラックホ−ル
生まれ月をわすれぬように百日紅
レントゲンに迷いは見ぬけず白き空洞
ブラインド押しひろげて月光さぐる
春の字がポストからゆららあふれ
旅の思い出セ−タ−の重さが覚えてる
風にあずけた魂は薄っぺらなひとひら
空中停止くりかえしつつビルの風春の道
色あやふやな枇杷の花は華とは呼ばれず
奥歯ぬかれて大根こぶりに切った一人分
逃げの姿勢くずさぬ野良猫とベンチに沈む
高層に新しき命来る泣き声あやし声
琥珀の中で永遠の王となる働き蜂
紅色の光はなつ合歓の木廃校しらず
電灯のひも揺れて女正月声ひそめ
一輪咲き一輪落ちる花時計かすかな針音
沈丁花もらわれゆく朝の陽射し食いつつ
びしょぬれのサンダル白菜の樽陰にそっと隠し
眠る間にまるめた手紙拡がる私のうかつ
太刀魚のきらめき冬空の月と並列
一日続く雨えら呼吸する魚に変わる足冷えて
灰皿に心の闇積み上げてる友は夜を厭う
三叉路の地蔵に花輪かけた口紅買った
茶碗洗う音気になりつつ熱い粥
風花舞う時もらえずビルの闇
雪合戦終りの合図は空に投げ
陽光を蹴り渡り鳥は寒き異国へ
弟に声コピ−して父彼岸
ハンカチを洗いたたんでも涙の匂い
思春期の熱い密度は闇にボ−ル蹴る
落雷であやとりの川氾濫し
杉の里でままごとした日花粉症の言葉などなく
子猫立つ四肢とは言えぬ細さでも
若き日に傍線引きし本回収に出す闇夜選び
鉛筆の芯陽にすかしつつ言葉ゆらす
友住む国のイニシャルつくりて鳥渡る
椅子ずらして夕陽の端で少女になる
真っ白なタオルで空をふきたい
黙したまま釣り銭受け取る自販機に礼して
1行消した手紙飛行機雲の中に浮き
瞳そらさぬ子にたじろいで山茶花くずれ
転居の通知それぞれの春ゆらり
ごめんねと声かけて通るしゃぼん玉
回転ドアから傘かころがり出る春一番
奥歯ぬかれて大根こぶりに切った1人分
落雷であやとりの川氾濫し
今の思いのぞきこむ如く眼科医まぶたひらく
眠る間にまるめた手紙ひろがる私のうかつ
湯に浸る形して人はなにかを想いおる