2018年のこと(2018.12)
紅葉の季節(2018.11)

温泉三昧・能三昧(2018.10)
那須の旅(2018.9)

能百番(2018.8)
秘湯の旅満願成就(2018.7)
安芸灘の旅(2018.6)
鳥羽絵・狂言・オペラ(2018.5)
桜と桃のとき(2018.4)

白浜にて(2018.3)
夜間飛行(2018.2)

熊野三社参拝(2018.1)


2018年のこと(2018.12)   
 12月は能に2回行った。いずれも大槻能楽堂で、梅猶会では「自然居士」と「龍虎」、チャリティー能では「橋弁慶」と「杜若」を観た。シンフォニーホールでは西本智実指揮でシェラザードなどを聴いた。熱心なファンがいるらしく、最後は拍手が鳴り止まなかった。仕事の関係の忘年会が二つと、町内会の忘年旅行で琵琶湖に行った。
 
 2018年の事で特筆すべきは、能に通いだしたことだろう。詞章を見ながら観て、観能百番を目指すことで、7月から23番を観たことになる。来年は京都観世会の年間会員になってここで10回観ることになる。
 秘湯を守る会は最初の10湯をクリアーして、2巡目に入った。関東以北に多いので、地理的な不利があるが、来年は伊豆と九州に行ってみたい。
 高齢者大学にまた通い出して、文章表現を学んでいる。エッセイ、川柳、俳句、短歌を作るのだが、この中では俳句が一番むつかしく感じた。
 語学は4月の年度代わりからラジオ講座で、イタリア語と中国語を始めた。ローマと台湾に行きたいからである。最近は講座がネットで一週間聴けるので甚だ好都合である。
 久しぶりに海外旅行をしてタイの寺院や仏跡を観た。文楽、METオペラ映画、歌舞伎シネマなどにも引き続き通っている。


紅葉の季節(2018.11)
 紅葉も平地に降りてきたので、禿羊と和歌山の「福定の大銀杏」を見に行った。白浜でクエを買い、富田川を遡ると、近露に入るトンネルの手前に威容を誇っていた。高さ22m、周囲6mとある。最盛期には1週早いようだったが、十分に美しかった(写真)。

竜神温泉に行き、元湯別館でクエ鍋を作って食べた。駅伝の人が泊まっていた。翌日は護摩の壇、高野山、隠れ里天野の丹生都比売神社を回り、柿を買って帰った。
 竜田川で紅葉狩をした。王寺からバスで行くと、竜田城址の紅葉が殊のほか美しいグラデーションだった(写真)。龍田大社まで歩いて、お参りをした(写真)。ここは能の「竜田」に出る竜田姫をもお祭りしている。
 

 能は京都観世会館で、「敦盛」、「富士太鼓」、「大会」を観た。「大会」は天狗、釈迦、帝釈天などが出てくるアクション巨編であった。METオペラ映画は「アイーダ」と「サムソンとデリラ」。前者はネトレプコとアントネンコ、後者はガランチャとアラーニャが素晴らしかった。
 傘寿の会、近くの店の三十周年会、ワンゲル、仕事のOB会、高校同窓会などが開かれた。

温泉三昧・能三昧(2018.10)
 早い紅葉を求めて、八ヶ岳西麓の秘湯の宿唐沢温泉に行った。標高が1870mあり、茅野の駅から出迎えの車で一気に登った。小屋のわきに湧く冷泉を沸かしていた。周りはモミが多く紅葉はそれほどでもないが、渋の湯に行く林道はほんのり黄ばんでいた。翌日は諏訪大社近くの神長官守矢史料館を訪ねた。江戸時代まで大社の神主を務めていて、内部には当時の御頭祭の神饌の鹿の頭などが復元されていた(写真)。建物は藤森照信氏の設計で、山の方には空飛ぶ泥船(写真)などがあった。岡谷市に移動して、岡谷美術考古館(縄文土器)、イルフ童画館を訪ねた。後者は武井武雄の作品を展示し、イルフとは武井の造語で「古い」の逆であるそうな。

 
 二週後高山から新穂高に出て秘湯の宿佳留萱に泊まった。大きな露天が自慢だが、11月から改築で長期休業するとのことだった。翌朝ロープウェイから歩き出して、わさび平小屋まで行った。小雨の中錫杖岳の紅葉が見事だった(写真)。小屋はもう閉まっていてイノシシがうろうろしていた。平湯までバスで出て、中の湯に入った。ここは秘湯の湯十湯達成により招待となった。まわりの紅葉が盛りだった。三日目は上高地から明神まで回遊した。快晴でこれほど山がよく見えたのも珍しかった(写真)。上高地の食事は馬鹿高いのでお焼きで済ました。
 
 能は京都観世会館で高砂、田村、羽衣、乱の四曲を観た。全部で6時間半かかった。金剛定期能では三井寺と雷電を観た。その後京都にいる友と旧交を温めた。
 1967年にクラブの海外遠征でヨーロッパに行って半世紀たつので12人で記念会をした。みんな歳をとって、当時のこともほとんど忘れているようだったが、生きているうちに会えたのは幸せだった。

那須の旅(2018.9)
 那須の殺生石と秘湯の宿に行った。東京を経由して新白河で、サービス付き高齢者住宅の「ゆいまーる那須」を見学した。建設前から入居者と協議をするのが特色で、緑に囲まれた静かな環境であった。車で甲子温泉の一軒宿に行った。白河藩主松平定信の別邸だったという。川端の湯は底から湧いている。次の日は樹齢370年という剣桂(写真)を観て、殺生石(写真)を訪れた。謡曲などで有名な九尾の狐のなれの果てであり、芭蕉も訪ねている。横にある那須温泉神社は那須与一ゆかりで、 樹齢が800年の五葉松(写真)があった。にわか雨になったので、大丸温泉に駆け込んだ。乃木将軍の定宿で、川を湯が流れている景色は独特である。最後の日は東京に出て、国宝が集結した国立博物館の縄文展を見た。大変な人出であった。


 昔の仕事仲間と十津川温泉を訪ねた。奈良で集合し、車で十津川に入った。谷瀬のつり橋を地元の人はオートバイや電動車いすで渡っていた。ホテル昴で泊まり、イワナの骨酒などを飲んだ。翌日は果無部落を覗き、熊野大社、大斎原、野中の清水、近露王子などに寄り、和歌山まで送ってもらった。
 日帰りで敦賀の水島を見に行った。近頃海水浴で人気のある砂州である。雨の中原発が見えた。気比神宮の後日本海さかな街で海鮮丼を食べた。帰りにマキノのメタセコイア並木と白髭神社に寄った。
 能は京都観世会館で「野宮」と「熊坂」、金剛流会館で「実盛」と「井筒」、大槻能楽堂で「龍田」と「経正」を観た。若手でシテの片山九郎右衛門、金剛龍謹、ワキの福王和幸などがよかった。METオペラ映画は「ドンカルロ」と「ファウスト」を観た。
 9月4日の台風21号はなかなか強烈で、トタン屋根や瓦が飛んでいた。植木が倒れたり裂けたりして大変だった。30日に24号がまた来た。

能百番(2018.8)
 能の案内書を見ていたら、とにかく百番を観よと書いてあったので、それを目指すことにした。以前にも数回、ネットでも20曲ぐらいは観ているのだが、それは別として、月に1回で4年、2回で2年かかることになる。8月は岡崎にある京都観世会館に行って、「田村」と「野守」を観た。詞章をプリントして持って行った。会館は2階席もあり、喫茶もあって快適だった。大阪の山本能楽堂で能活というイベントがあり、「三山」の解説と謡の練習があった。
 今年の猛暑に外出する気力もうせて、涼しい屋内活動ばかり。文楽は「卅三間堂棟由来」と「大塔宮あさひの鎧」、国際がんセンターホールでの大フィルの浅川和弘・晶子さんのオーボエ・ピアノの演奏、大屋尚美さんのカンツオーネ、吉幾三の梅田芸術劇場でのコンサートなどに行った。
 外食もあっさりしたうどんばかり食べている。有名だった「かまたけうどん」が再開して細うどんになった「き田たけうどん」、そこで修業した「きぬ川」、ミシュランに載った「うばら」や「JUN大谷製麺所」などなど。

秘湯の旅満願成就(2018.7)
 湖西線で近江今津まで行き、船に乗って竹生島に渡った。急な階段を上ると汗がどっと噴き出した。阿弥陀堂から三重の塔に廻ると、片桐且元の植えたという樹齢400年のモチの木(写真)があった。国宝の唐門は補修中であった。竜神拝所からカワラケ投げをしたが風があって大幅にそれた。近江今津に戻り、敦賀に行き小浜線で気山に出た。三方五湖のうち水月湖畔に虹岳島(こがしま)温泉がある。秘湯を守る会の宿を巡る10番目の宿であり、昨年からの旅もここで満願成就となった。ここは地名通り元は島で、400年前の地震で地続きになったという。水月湖は地質年代の標準となる水縞で有名。
 近所の能舞台で虫干しがあり、見学に行った。2間半の舞台があり、衣装、面、扇などが見られた。唐織や刺繍の豪華さには目を見張った(写真)。面もたくさんあって能楽師が解説してくれたので面白かった。台風通過の後だったが、帰りに大雨にあってしまった。
 狂言を大槻能楽堂で見た。野村万作と萬斎の出演で、客席は女性で満員だった。演目は「粟田口」と「六地蔵」。 映画は「万引き家族」、「ハンソロ」。歌舞伎シネマは「刺青奇遇」、勘三郎、玉三郎が夫婦で、仁左衛門が恰好よかった。ニッセイライフプラザで弦楽三重奏を聴いた。


安芸灘の旅(2018.6)
 ワンゲルの同窓会18人で広島県を旅行した。呉市で集合し大和ミュージアム、鉄のクジラ館を見学した後、野呂高原に登って安芸灘を眺めた。しまなみ海道とともに、この頃はとびしま海道というのもサイクリストに人気があるらしい。翌日近くの弘法寺から日の出を眺めた。列車で東行し忠海駅から船で大久野島に渡った。毒ガスの島であり、最近はウサギで有名。三原で皆と別れ、因島に渡った。ヴォーリズ設計の牧師館がペンションとなっている(写真)。翌朝白滝山に登った。六百羅漢があって島々が奇麗だった。大三島に行き、大山祇神社に参った。ここは楠の大木が多い。少し離れた奥の院には生樹(いき)の御門があり樹齢三千年という楠の洞に道が通じている(写真)。国宝館で頼朝、義経、護良親王など寄進の鎧を見て、バスで福山に出て帰阪した。
 

 文楽は二人三番叟と絵本太功記。間に解説が入り、三業が丁寧に説明してくれるのがビギナーの私には有難かった。絵本太功記は尼崎の段で光秀が風呂に入った秀吉を槍で狙うと母を刺しいさめられるという話。
 「和の会」の能が大槻能楽堂であった。これまでは漠然と観ていただけだったが、今回は半蔀に続く山姥では気を入れて謡本を入手し見ながら鑑賞した。おかげで細部にわたって理解でき、面白さもわかったような気がした。
 METオペラは今シーズン最後の「サンドリヨン(シンデレラ)」。フランスオペラで、王子はソプラノであり、舞台が幻想的であった。映画はインドの「バーフバリ」。例の能天気な歌や踊りは少なくて、武芸ものであった。カブキシネマは「東海道中膝栗毛・歌舞伎座捕物帖」で染五郎(現幸四郎)、猿之助、勘九郎、七之助、中車などがドタバタとする。若侍の金太郎(現染五郎)と團子が達者だった。義経千本桜の狐の出入りのカラクリを見せてくれたのが面白かった。
 高齢者大学で提出した宿題は、エッセイが「私の枕草子」「好きなもの」、川柳の題が「夢、肩、集う」で計6句。
 道端のサクランボ、ヤマモモ、クワなどを何度か賞味した。

鳥羽絵・狂言・オペラ(2018.5)

 鳥羽絵の展覧会が大阪市立美術館であった。歌川国芳の金魚・猫や河鍋暁斎の蛙大合戦図などに人だかりがしていた。その足で大槻能楽堂に行き、大蔵流五家狂言会を観た。二人袴や釣針が愉快であった。MET
オペラはコジ・ファン・トゥッテとルイザ・ミラー。前者では50年代の米国に舞台が設定され大道芸人が出るところは映画グレイティスト・ショ−マンを彷彿とさせた。後者はドミンゴとヨンチェヴァがお目当てで、物語と歌声を堪能した。但しどちらも4時間かかるので体力が要る。
 堺市の大泉公園を散歩するとバーベキューの人が多いのに驚いた。町内会20人で近所の天芝(天王寺の芝生)の店に行ったが、このようなBBQの業態が流行しているらしい。禿羊他3名で高島町にキャンプしてパエリアを作ったが、雨風にたたられた。


桜と桃のとき(2018.4)
 昨年は花の季節の前にめまいを起こし逼塞していたので、今年は3月下旬から積極的に歩き回った。長居公園は3月25日と早いのにもう桜は満開で花見客でにぎわっていた。28日に鶴見緑地に行くと池のそばの桜が美しかった。ピンクのヨウコウ桜が満開だった(写真)。一週後に長居公園に行くと花は八重桜に替わっていた。

 3月29日に和歌山県紀の川市の桃源郷に行った。和歌山駅で乗り換え和歌山線下井坂駅で降り歩いて20分、紀ノ川を渡ると一面の桃畑である(写真)。「あら川の桃」として有名。農家の人が花を摘んでいた。大きな桃を育てるためだそうである。帰りに土手でカンゾウを摘んで帰ってヌタにして食べた。

 4月に入って町内会のバス旅行で岐阜県大垣に行った。芭蕉の奥の細道の最終地であり、彼はここから船で桑名へ出た。記念館があって芭蕉の真筆などがあり興味深かった。前の川は桜が奇麗で船が出ていた。
 初めて大宇陀の又兵衛桜(本郷の滝桜)を見に行った。近鉄で榛原まで行きバスで20分、さらに20分歩くと樹齢300年といわれる枝垂桜がちょうど満開で幻想的だった(写真)。人出も出店も多かった。後ろにピンクの桃も咲いていた。帰りに森野旧薬園に寄ると、ハナノキとカタクリ(写真)が咲いていた。
 
 一心寺にお参りに行くと、イペー(ブラジル原産、写真)の花が咲いていた。

 4月の文楽は本朝廿四孝、五代目吉田玉助襲名披露口上、義経千本桜。玉助は上背があるので、足を使っていた若い頃先輩に邪魔だとよくしかられたそうだ。映画はベトナム戦争を描いた「ペンタゴン・ペーパー」と吉永小百合の「北の桜守り」。
 先月初めから手掛けていたエスペラント日本語対訳の「八ケ岳にて」 を4月中旬に出版した。ブログに書いていたものを編集したが、間違いが多く校正に苦労した。沼津エスペラント会にご協力を仰いだ。4月からまた高齢者大学に通いだした。クラスは文章表現を楽しむ科で、エッセイ、川柳、俳句、和歌などの宿題が出る。
 
白浜にて(2018.3)
 一月往ぬる二月逃げる三月去るというが、あっという間に一年の四半分が過ぎてしまった。高校の同窓会で白浜のホテル川久に泊まりに行った。1991年に会員制高級リゾートとして建てられたが、一旦破綻して現在はだれでも泊まれる。難波から往復は送迎バスでビールを飲みながら行く。ホテルに着くとお城のような外観(写真)に度肝を抜かれる。ロビーは広大で大理石の柱が林立して日本にいるとは思われない(写真)。全室スイートで90−180平米とゆったりしている。夕朝食ともバイキングだが種類が多く楽しめた。お風呂も広々としてゆったりとした気分になった。

 東洋陶磁美術館に唐代胡人俑を見に行った。2001年に甘粛省で見つかった墓(730年)から出土した彩色した俑やラクダが保存もよく生き生きとしていた(写真)。淀屋橋のミズノ本店でバッグを買い、靭(うつぼ)公園に出て、ちょうど満開の寒緋桜を見た(写真)。
 

夜間飛行(2018.2)
 夜行便でタイに行った(総勢6名)。6時間の飛行だが、到着2時間前には朝食に起こされるので眠くて仕方なかった。バンコック市内の王宮と付属のエメラルド寺院は壮大かつ華麗であった(写真)。宮殿には守護神のガルーダが掲げられている。川を船で渡ったワット・アルンは三島由紀夫の「暁の寺」の舞台、75mの大仏塔(写真)である。ここにも随所にヒンズー教の神が現れる。また対岸に戻って金の大寝仏のあるワット・ポーでは境内は広く迷いそうになった。大理石寺院を見た後、ホテルに入ってシャワーと昼寝、夜はタイ舞踊を見ながらのディナーで長い1日が終わった。
 
 次の日は南に向かい、船がひしめき合う水上マーケット(写真)と象園に行った。夜は川でディナークルーズをした。3日目は自由行動で高架鉄道でサイアムに行き信仰を集める金のブランマーを祭るエラワン・ブーム(写真)や伊勢丹前の2体の神様に参り、スーパーでマンゴーを買った。昼はぼてやの焼きそばを食べた。夕方に地下鉄シーロム駅近くのルンビニー公園を散歩した。リスがいて、地上ではネコに追われ、樹上ではカラスに襲われていた。近くの夜市を見に行ったが時間が早すぎて設営中であった。
  
 4日目はアユタヤの見学。400年続いた都は18世紀にビルマに滅ぼされ、寺はすべて廃墟である。大寝仏の寺、3つの塔の残る王宮の守護寺院(写真)、40mの仏塔のあった寺(写真)などを暑さに喘ぎながら回り、空港からまた夜行便で帰阪した。
  
 METシネマオペラは「トスカ」。「歌に生き、恋に生き」を歌うヨンチェヴァ、「星は光りぬ」を歌うグリゴーロ、存在感たっぷりの悪役のターフェル演じる主人公たちは最後にすべて死んでしまう。映画は「グレイテストショーマン」を観た。
 昔のジム友らと久しぶりに会ってフグを食べた。ワンゲルで51年前に東欧に行った4人で会って昔を懐かしんだ。

熊野三社参拝(2018.1)

 正月は近場の阿倍王子神社、山坂神社、四天王寺、一心寺に参拝した。穏やかな新春であった。
 東京人を案内して熊野へ行った。一日目は特急で田辺へ、バスで湯の峰温泉に行き泊まった。二日目はあいにくの雨の中を発心門王子から約3時間、水呑王子、伏拝王子、祓殿王子とたどり熊野大社、大斎原(おおゆのはら)まで歩いた。以前大阪から大社まで歩いたことがある。その日の宿は川湯温泉に取った。三日目はバスで新宮に出て神倉神社(写真)の急な石段を登り、速玉大社を参拝した。ここにはナギのご神木がある(写真)。バスを乗り継いで那智大滝(写真)から、那智大社、大門坂(写真)を訪れた。大門坂では壺装束の女性二人に出会ったが草履で坂を登るのに難渋していた。ここからバスで那智勝浦に出て、特急で大阪に帰った。
 

 
 文楽は万才、鷺娘、平家女護島、竹本織太夫襲名披露、摂州合邦辻。歌舞伎シネマは昨年12月初演の玉三郎、勘九郎、七之介、梅枝、児太郎出演の京鹿子娘五人道成寺。
 キトラ古墳の横にある四神の館で古墳内の北面の壁画を見た。玄武は分かったが十二支像は分かりにくかった。壁画は世界最初の星座像で有名である。於美阿志神社にかけて公園になったが、目を覆うばかりの自然・環境破壊である。カンツォーネのライブとコーラスのコンサート、藤田邸跡公園での自然観察会にも出た。