2001年3月

 三月は、黄河流域に移りましょう。「南船北馬」というように、この辺りは主に陸路を通行していたためでしょうか、長江ほどには詩が見当たりません。黄河があまり舟行に使われなかったのは何故ですかね? 流れが速すぎたのでしょうか。黄河の詩というと、上流と下流は王之渙に決まりですが、間を誰にするかで悩みます。


王之渙 「涼州詞」
六九六年生まれというから、杜甫より十六才年上。山西省出身。若い頃から遊侠の群れに投じ、科挙には及第しなかったため、経歴は明らかでない。王昌齢や高適と親交があり、詩名も高かったが、現存する詩は僅かに六首のみである。「涼州詞」は唐代の歌謡の曲名で、以前、王翰の「葡萄美酒夜光杯」と云うのを紹介しましたが、実際に行って作ったのではないと思います。 

黄河遠上白雲間    黄河遠く上る 白雲の間
一片孤城萬仭山   一片の孤城 万仭の山
羌笛何須怨楊柳    羌笛(きょうてき) 何ぞ須(もち)いん 楊柳を怨むを
春光不度玉門関    春光 度(わた)らず 玉門関

黄河を何処までも白雲の彼方を目指して遡る。ポツンと城壁で囲まれた小さな町と周りを囲むように聳え立つ万丈の山々。羌人(チベット人)の笛よ、何もそんなに別れの曲の悲しい音色を立てることはないではないか。それでなくとも、春の光は玉門関を越えてここまではやって来ないような淋しい所なのに。

城:城壁で囲まれた町。日本の城をイメージしてはいけない。
楊柳:折楊柳という別れの曲  玉門関:敦煌のさらに西にあったさいはての関所


王褒 「渡河北」(河北に渡る)
唐より前の南北朝時代の人。南朝(梁)の官僚であったが、北朝(西魏)に捕らえられ、長安に抑留され、死ぬまで帰れなかった。しかし、北朝では文学者として高く尊敬された。
彼の詩は、北方の寂しい風景を詠い、南の故国を思う心情を吐露している。

秋風吹木葉   秋風 木葉を吹き       秋風が木の葉を落としているのは
還似洞庭波   還(また)洞庭の波に似たり  なんとなく洞庭湖の波に似ている
常山臨代郡   常山 代郡に臨み       常山の関所の上からは代郡が眺められ
亭障繞黄河   亭障 黄河を繞(めぐ)る    城壁が黄河に沿ってくねり連なっている
心悲異方樂   心は異方の楽に悲しみ      私の心は異国の音楽に悲しみ
腸斷隴頭歌   はらわたは隴頭の歌に断つ    隴頭歌は断腸の思いをもたらす
薄暮臨征馬   薄暮 征馬に臨み       夕暮れの中、馬を進ませていると
失道北山阿   道を北山の阿(くま)に失う   北の山ふところで迷ってしまった

隴頭(ろうとう)歌:この地方の民謡 
断腸:以前にもちょっと話題にしましたが、語源は猿のようです。三峡は猿で有名ですが、昔、舟人が子猿を捕らえた。母猿は舟を追って長い間ついてきたが、とうとう舟に飛び込んで死んでしまった。その腹を開くと、腸が千切れ千切れになっていたそうである。


韋応物 「自鞏洛舟行入黄河即事寄府県僚友」(鞏洛より舟行して黄河に入る即事、府県の僚友に寄す)

韋応物は以前にもちょろっと顔を出しましたが、玄宗に近衛の軍人として仕えていましたが、その死後、発憤して勉学に励んだそうです。自然諷詠派の代表的詩人で、王維、孟浩然、柳宗元と並んで「王孟韋柳」と称される。
この詩は韋応物が洛陽辺りから洛水を下り黄河に入ったときのもの。

夾水蒼山路向東   水を夾(さしはさ)む蒼山 路は東に向う
東南山豁大河通   東南 山豁(ひら)けて 大河通ず
寒樹依微遠天外   寒樹 依微たり 遠天の外
夕陽明滅亂流中   夕陽 明滅す 亂流の中
孤村幾歳臨伊岸   孤村 幾歳か 伊岸に臨み
一雁初晴下朔風   一雁 初めて晴れて 朔風に下る
爲報洛橋遊宦侶   為に報ぜよ 洛橋 遊宦の侶に
扁舟不繋與心同   扁舟 繋(つな)がず 心と同じ

洛水を挟む青山の間を、水路は東へと向っている。やがて、東南に山が開けて、黄河が通じていた。遥か彼方に冬木立がかすかに見え、波立つ流れには夕陽がきらきらと映える。ここで洛水と合流する伊水の辺にポツリと見える村は何年あの場所にあるのだろう。晴れたばかりの空を一羽の雁が北風に乗って下る。雁よ、洛橋の辺に住む役人暮らしの友に伝えてくれ。私は一艘の小舟に乗って流れのままに下っているが、これは私の心が何ものにも繋ぎ止められないのと同じだと。


王之渙 「登鸛鵲樓」 (鸛鵲<かんじゃく>楼に登る)
鸛鵲楼は山西省の町の城壁にあった三層の楼閣で黄河を眼下に望む地にあった。従って、海からは千キロ以上も上流であり海が見える筈も無い。承句は心象風景というか、そこまで見たいとの気持ちがさらに上にと登らせるのであろう。場所的には多分前の詩より上流でしょうが、海が出ていることから、これをトリに入れました。

白日依山盡    白日 山に依りて尽き
黄河入海流    黄河 海に入りて流る
欲窮千里目    千里の目を窮めんと欲して
更上一層樓    更に上る 一層の楼

入海流:本来ならば「流入海(流れて海に入る)」であろうが、押韻の関係でひっくり返している。



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