2001年12月

騒然とした平成13年もようやく師走を迎えました。来年は平和な歳を迎えたいものですね。さて、この漢詩通信のほうも小生の浅学のせいで段々ネタがなくなってきました。いつまで続けられることやら。今月のテーマは「歳暮、境涯を詠う」としてみました。年の暮れは、一年の締めくくり、また一つ歳をとるということで感慨深いものがあります。

高適 「除夜作」
高適については、199912月の冬の詩で「別董大」という別離の詩を紹介しました。この詩も「唐詩選」に採録されています。

旅館寒燈独不眠  旅館の寒燈 独り眠らず
客心何事転凄然  客心 何事ぞ 転(うた)た凄然
故郷今夜思千里  故郷 今夜 千里を思う
霜鬢明朝又一年  霜鬢 明朝 又一年

旅館の寒々とした灯火の下、なかなか眠りにはつけない。旅の身の心はなぜか悲しみがいや増す。除夜の今夜、故郷に千里の思いをはせている私だが、明日になれば白髪頭に又一つ歳を重ねるのだ。


蘇軾 「十二月二十八日蒙恩責受検校水部員外郎黄州団練副使復用前韻二首」
(十二月二十八日、恩を蒙(こうむ)りて検校水部員外郎・黄州団練副使を責受せらる。復た前韻を用う 二首)

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才の夏、湖州の知事をしていた蘇軾は、突如朝政を非難した詩を作った廉で逮捕されます。政敵(新法派)の誣告によるもので、世に言う「烏台詩案」です。御史台での取り調べは過酷を極め、彼も一時は死を覚悟して、決別の詩を弟・蘇轍に送っています。いろんな人が彼の助命に奔走しますが、皮肉なことに政敵であった新法派の巨頭・王安石(このときは引退していた)の「豈聖世にして才士を殺す者有らんや」の一言が彼の命を救ったと言われています。
この詩は、年末になってやっと許されて出獄した時の述懐の詩です。この後、彼は黄州に流され、文学的に大きな飛躍を遂げます。

百日帰期恰及春  百日の帰期 恰も春に及ぶ
余年楽事最関身  余年の楽事 最も関身
出門便旋風吹面  門を出でて便旋すれば 風は面を吹き
走馬聯翩鵲啅人  馬を走らすれば聯翩として 鵲(かささぎ)は人に啅(かまびす)し
却対酒杯渾似夢  却って酒杯に対すれば 渾(すべ)て夢に似て
試拈詩筆已如神  試みに詩筆を拈(と)れば 已に神の如し
此災何必深追咎  此の災 何ぞ必ずしも深く追咎せん
窃禄従来豈有因  窃禄すること従来なれば 豈に因有るか

百日にも及ぶ監禁から釈放された今日、ちょうど新年にも間に合った。これからは、余生をどう楽しむかが関心事である。御史台の門を出て立小便(便旋:一説には徘徊の意味)をすれば、風が顔に快い。馬を連ねて家へと走らせると、カササギが賑やかに迎えてくれる。祝いの杯をとると、全てが夢のように思われ、また詩を作ろうと筆を執ると、神懸かりがしたように詩が沸き出してくる。この度の災難の原因を深く追究する必要はあるまい。もともと禄盗人であったのだから、原因がなくもないのだから。

後世、朱子がこの詩を「反省が足りない」と非難している様ですが、蘇軾はこの詩でもって「反省することは何もない」ことを主張しているのですからこの非難は当たっていないと言えるでしょう。しかし、詩で死にかけたのに、詩がいくらでも出来ると言ってみたり、最後の二句のような不遜ともとれる表現は、彼の剛直な精神の現れでしょう。


柏木如亭 「壬戌除夕下髪戯題」
     (壬戌の除夕に髪を下ろして、戯れに題す)

職人とはいえ、名字帯刀を許された幕府お抱えの大工棟梁であった如亭は、32歳で職を弟に譲って自由の身となります。その後、57歳で京都に窮死するまでは、放浪の詩人として生きます。
この詩は享和2年の除夜(40歳)に剃髪したときの作です。後聯の游子、野僧の比喩はまさに放浪の詩人たる如亭独特のものでしょうか。

頭髪除来恰歳除  頭髪 除き来れば 恰も歳除
明朝且喜不須梳  明朝 且(まさ)に喜ばん 梳(くし)けずるを須いざるを
腰間缺久新磨剣  腰間 欠くこと久し 新磨の剣
簏底焚空旧妓書  簏(ろく)底 焚きて空しうす 旧妓の書 
守歳燈寒游子様  守歳 燈は寒く 游子の様
迎春羹冷野僧如  迎春 羹(あつもの)は冷めて 野僧の如し
胸前侠気初銷尽  胸前の侠気 初めて銷え尽し
従客罵来呼禿驢  客の罵しり来りて禿驢と呼ぶに従(ま)かす


頭髪を剃り除いたのはちょうど除夜。明日からは櫛を入れずに済むのが嬉しい。腰には久しく研ぎたての刀を差すこともなく、文箱の底をさらえて昔なじみの遊女の文を焼き捨てた。歳を送る灯火は放浪者のように寒々として、新年のあつものも冷え切って旅の僧の様だ。持ち前の侠気も今初めて消え尽くした。他人から禿驢馬と呼ばれようと平気である。

参考書
唐詩選 前野直彬注解 岩波文庫
蘇東坡詩選 小川環樹・山本和義選訳 岩波文庫
蘇軾 その人と文学 王水照著 日中出版
日本漢詩人選集 柏木如亭 入谷仙介著 研文出版