2002年1月

新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
さて、暗い話題の多かった平成十三年も終わり、新しい年を迎えたわけですが、この閉塞した状況の中で贅沢は言えませんが、せめて大禍のない年であってほしいと願うばかりです。
一月は元旦、人日(7日)、上元(元宵:15日)、立春と行事の多い月で、これらを詠った詩も多いようです。その中から、小生の好みで紹介したいと思います。


新井白石 「壬申元日」
 白石については今更紹介する必要もないと思いますが、徳川家宣(6代)家継(7代)の治世、儒者として政治に力を振るいました。詩人としても当時の第一人者と云え、すぐれた詩を残しています。この詩は元禄5年、36才の時のもので、白石はまだ浪人中の身でした。この詩、端正ですが若干退屈とも言えましょうか。

扶桑暁色綵雲間  扶桑の暁色 綵雲の間
鳳暦新年気象還  鳳暦の新年 気象還る
城上明星廻北斗  城上の明星 北斗を廻り
楼前晴雪対西山  楼前の晴雪 西山に対す
春浮大海魚龍躍  春は大海に浮きて 魚龍躍り
天抱重関虎豹閑  天は重関を抱きて 虎豹閑なり
且喜芳辰多勝事  且(しばらく)喜ぶ 芳辰 勝事の多き
江辺梅樹正堪攀
  江辺の梅樹 正に攀(よ)ずるに堪えたり

日本の夜明けが五色の雲間から始まり、目出度く新年が始まると陽気がまた戻ってくる。城の上の明けの明星が北斗の周りを巡り、高殿から見ると雪をかぶった富士が晴れた空に浮かんでいる。海上には春気が満ちて魚類が躍り上がり、江戸の周りの空の下には関所が連なっており、虎豹のような侍達ものんびりしたものである。目出度いことが一杯で、しばらく喜びに浸っていると、岸辺の梅の木には折りとるのにちょうど良い梅花が咲いている。

薛道衡 「人日思帰」
 随の代表的詩人であるが、煬帝に名声を妬まれて殺される。この詩は彼が南朝の陳に使いしたときの作と言われている。
 人日は五節句の最初で一月七日にあたる。

入春纔七日  春に入りて纔に七日    
離家已二年  家を離れて已に二年
人帰落雁後  人の帰るは雁の後に落ち  
思発在花前  思の発するは花の前に在り


後半二句は、私が北へ帰れるのは雁が北へ去った後だろうが、望郷の思いが発するのは花が開く前に既に起こるだろう。
「帰」は人と雁にかかり、「発」は思と花にかかる巧妙な対句。

蘇軾 「蝶恋花 密州上元」
 蘇軾40才、密州知事の時の作。上元は旧暦正月15日。中元(715日)、下元(1015日)と併せて三元という。唐代以降、上元は盛んに祝われてこの夜(元宵)は街中に灯籠が掲げられ、一晩中見物客で賑わったようです。
 この詞では前半で以前過ごした大都会の杭州、後半では現在いる田舎町の密州のひっそりとした元宵の様を詠っています。

燈火銭塘三五夜  燈火 銭塘 三五夜
名月如霜     名月 霜の如く
照見人如画    照見すれば 人 画の如し
帳底吹笙香吐麝  帳底 笙を吹いて 香は麝を吐く
更無一点塵随馬  更に 一点の塵の馬に随う無し

寂寞山城人老也  寂寞たる山城 人は老いたり
撃鼓吹簫     鼓を撃ち 簫を吹いて
却入農桑社    却って農桑の社に入る
火冷燈稀霜露下  火は冷かに 燈は稀にして 霜露下る
昏昏雪意垂野   昏昏たる雪意 野に垂

銭塘
江に灯火が輝く満月の夜、月は霜降るが如く人々を照らし出して、まるで画のようだった。帳の内では笙の声、麝香の香り。馬の通ったあとでも一点の塵も立たない綺麗な通り。
ひっそりとした山の町。私もここで年老いてゆくのか。太鼓や笛の音も今日はなく、春の祭りまで待たねばなるまい。灯火は冷え冷えと疎らで、霜が深く降り、雪雲が黒々と野を覆っている。

元好問 「京都元夕」
金末から元にかけての戦乱の時代に生きた詩人。京都は金の都で今の開封。

絃服華妝著処逢  絃服 華妝 著(いた)る処に逢う    
六街灯火鬧児童  六街の灯火 児童鬧(さわ)ぐ
長衫我亦何為者  長衫 我は亦 何為(なにす)る者ぞ
也在游人笑語中  也(また)游人笑語の中に在り


晴れ着(ゲン服)を着て綺麗な化粧をした人たちに到るところで逢い、都大路は灯籠が一杯で子供達が騒がしく賑やかである。
長い上着をまとった私はどういう人間かと云えば、私もまた町の中をぶらぶら見物しながら賑やかに歩いている人たちの一人なのだ。


引用文献
 日本漢詩人選集5「新井白石」 一海知義・池澤一郎著 研文出版
 中国名詩選(中) 松枝茂夫選 岩波書店
 中国詩人選集二集「蘇軾 下」 小川玉樹注 岩波書店
 漢詩歳時記 渡部英喜著 新潮社