2002年5月

 先日、「北京四日間の旅」ツアーに参加しました。空港を出たとき、白い物がふわふわと浮いているのに気が付きました。柳絮です。「ああ、中国に来たなあ」と実感しました。ただ、雪の如くとは言い難く、ちらほらという程度でした。ガイドの説明ですと、柳絮は市民に迷惑がられていて、近年、柳は綿を飛ばさない品種にどんどん植え替えられているとのことでした。しかし、古い町並みの瑠璃廠では大分飛んでいて、古い北京の春の風情を一杯に醸し出していました。
 それで今月は柳絮を詠った詩を御紹介します。


絶句漫興 九首 其五     杜甫
杜甫が成都で生活が安定していた頃の作品です。春の絶句の連作です。杜甫の七絶は唐詩選にも採られていますが、あまり知られているのは有りませんね。絶句漫興九首は悲痛な詩の多い杜甫には珍しく、飄々としたユーモア味のある詩です。また、さすが律詩が得意なだけに、対句が多く入っています。

断腸江春欲尽頭      断腸す 江春 尽んとするの頭(ほとり)
杖藜徐歩立芳洲      藜を杖つき 徐ろに歩して 芳洲に立つ
顛狂柳絮随風舞      顛狂の柳絮 風に随いて舞い
軽薄桃花逐水流      軽薄の桃花 水を逐いて流る

川のほとりで春の尽きようとするのを眺めていると断腸の思いだ。それでも杖をついてぶらぶらと花の咲いている中州に立ってみる。物狂いの柳の綿は風に乗って舞い、浮気者の桃の花は水の流れを追っかけて去って行く。



柳絮   薛濤
 中唐の女流詩人です。成都の妓女でしたが、詩名は高く、当時の高名な詩人とも交友がありました。成都の望江楼公園には彼女の使った井戸とか、石像が建っているそうです。

二月楊花軽復微  二月 楊花 軽復た微
春風揺蕩惹人衣  春風 揺蕩して 人の衣を惹く
他家本是無情物  他家(かれ)は 本 是れ 無情の物
一向南飛又北飛  一向に南に飛び 又北に飛ぶ

旧暦二月、柳絮が軽やかにまたひそかに、春風に揺られて、人の衣にまといつく。もともと、感情を持たぬものゆえ、南へ飛んだかと思うとまた北へと飛ぶ。(それに比べて、世のしがらみの中にいる私は・・・・・・)


柳花詞 二首 其の二   劉禹錫
 中唐の詩人で、薛濤とも交友があったようです。

軽飛不仮風  軽く飛んで風を仮らず     風もないのにふわふわと
軽落不委地  軽く落ちて地に委せず     ひらひら落ちてまた揚がり
繚乱舞晴空  繚乱として晴空に舞い     空いっぱいに舞い乱る
発人無限思  人をして無限の思を発せしむ  春逝くを見る我が思い


和孔密州五絶 東欄梨花   蘇軾
この詩、主題は梨の花なのでしょうが、小生の心象の中では承句がとても印象深く、柳絮と梨花が一体となってイメージされています。蘇軾が密州知事の任期が満ちたとき、後任の知事との間で応酬した詩。

梨花淡白柳深青  梨花は淡白 柳は深青
柳絮飛時花満城  柳絮飛ぶ時 花は城に満つ
惆悵東欄一株雪  惆悵す 東欄 一株の雪に
人生看得幾清明  人生 幾たびの清明をか看得ん

梨の花は淡い白、柳はふかみどり。柳の綿が飛ぶ頃、花は城内に咲き乱れる。官舎の東の庭の囲いの中に咲く一本の雪のような白い花を思いつつ、私は物思いに耽る。人生、何度このような清明の時節を迎えることができようか。

参考図書
 杜甫全詩集 鈴木虎雄注 日本図書センター
 春の詩 100選 石川忠久 NHKライブラリー
 中国詩人選集二集 蘇軾 小川環樹 岩波書店