2002年7

2月に続いて、今月も食べ物の詩を御紹介したいと思います。

蘇軾 「食茘枝 二首 其二」
 蘇軾は59歳にして、二度目の弾圧で広東省恵州に流されます。この地はもう熱帯で、当時、中国の外のように思われていた場所で、こんなに遠くまで流されたのは蘇軾が最初のようです。こんな辺境の地にあっても「随処に楽しむ」という蘇軾の大らかな人間性がよく出た詩ですね。しかし、こんな詩が中央に伝わって、懲りない奴と更に南の海南島へ移されることになります。

羅浮山下四時春  羅浮山下 四時の春
盧橘楊梅次第新  盧橘 楊梅 次第に新たなり
日啖茘枝三百顆  日に啖(くら)う 茘枝 三百顆
不妨長作嶺南人  妨げず 長(とこしえ)に 嶺南の人と作(な)るを

ここ、羅浮山の麓では、一年中春のような気候で、ビワやヤマモモなどが次々と実る。
茘枝も毎日、腹一杯食べられる。この嶺南地方で一生を送るのも悪くないじゃないか。

陸游 「飯罷戯示隣曲」
 陸游、76歳の時、故郷での作品。

今日山翁自治厨  今日 山翁 自ら厨(くりや)を治む
嘉肴不似出貧居  嘉肴 貧居より出ずるに似ず
白鵞炙美加椒後  白鵞 炙(しゃ)は美なり 椒を加えし後
錦雉羹香下豉初  錦雉 羹は香し 豉を下せし初め  豉:みそ
箭盗ニ甘欺雪菌  箭刀@脆甘にして 雪菌を欺き   刀F芽を出す
蕨芽珍嫩圧春蔬  蕨芽 珍嫩にして 春蔬を圧す
平生責望天公浅  平生 天公の浅きを責望するも 
捫腹便便已有余  腹を捫ずれば便便として 已に余り有り

今日はこの爺さんが台所のことは引き受けた。この立派な料理はとても貧しい我が家の物とは思われまい。
鵞鳥の炙り肉は山椒をふりかけてぐっと美味になったし、雉のスープは味噌を入れていい香り。
筍は軟らかくてうまく、シロキノコかと思うほどで、蕨も珍味で軟らかく畑の春野菜に勝るほど。
日頃、神様があまりにもつれないと咎め怨んでいるが、こうやって腹をさすってみると、たっぷりふくれて、満ち足りた思いがする。


高啓 「焼筍」
これまで、何回か出てきた明の高啓の詩です。

幽人嗜焼筍  幽人 焼筍を嗜(この)み
出土不容長  土を出ずれば 長ずるを容(ゆる)さず
林下孤煙起  林下 孤煙起り
風吹似竹香  風吹いて 竹の香るに似たり


新井白石 「蕎麦麺」
 白石が若いときの詩のようです。単なる蕎麦打ちにこの吹雪だの雲を捲くなどの比喩はどうでしょう。私も作詩の真似事をやっていますが、とてもこんな表現はできません。誇張表現は漢詩の常道でありますが、これはやはり白石の並々ならぬ力量と言うべきでしょうか。

落磨玉屑白皚皚  磨に落つ 玉屑 白皚皚
素餅団団月様開  素餅 団団 月様に開く
蘆倒孤洲吹雪下  蘆は孤洲に倒れ 雪を吹きて下り
蓬飄平野捲雲来  蓬は平野に飄りて 雲を捲いて来る
鸞刀揮処遊絲乱  鸞刀 揮う処 遊絲乱れ
翠釜烹時畳浪堆  翠釜 烹る時 畳浪堆(うずたか)し
莱箙葷葱香満碗  莱箙 葷葱 香 碗に満ち
肯将麻飯訪天台  肯えて麻飯を将って 天台を訪わんや

石臼より落ちたそば粉は真っ白に光り、白い餅に丸めたものを満月のように広げる。
蕎麦を打つさまは、吹雪の下で蘆が洲に吹き倒されるようでもあり、又、雲を捲いて来る風に蓬が平野を転がっているようでもある。
輝く刀を揮うと細糸が乱れ落ち、碧の釜で煮るとうち重なる波が沸き立つようである。
大根おろしや葱の香りが椀から立ち上ると、あの有名な胡麻飯を食べにわざわざ天台山に出かける気もしなくなる。

大窪詩仏 「松魚」
江戸前中期の頃は、詩人と言っても徂徠、白石のように本業は儒学、詩は余技と言った感じですが、化政期ともなると、一応儒者の看板は掲げているが、詩の方が本業という詩人が多くなります。大窪詩仏は市川寛斎の門下ですから、度々紹介した柏木如亭と同門と言うことになりますが、当時の江戸詩壇で一世を風靡した詩人です。彼の豪邸には、公家、大名から庶民に至るまで訪問客が後をたたず、常に食客を十人以上抱え、専門の料理人を雇って、夜は八百善から料理を取り寄せ、芸者を呼んでの連日の宴会で、芸能人スター以上の生活ぶりだったそうです。詩にそれだけの人気があったとは、我々が学校で習った文学史からは一寸想像できませんね。

新味初来上店時  新味 初めて来り 店に上るの時
万銭争買貴珠璣  万銭 争いて買い 珠璣よりも貴し
呉人謾道鱸魚美  呉人 謾りに道う 鱸魚の美を
誰為鱸魚典却衣  誰か鱸魚の為に 衣を典却せしや
璣: たま

後半は、呉の国の人は鱸魚が旨い旨いとしきりに言うが、誰か鱸魚を買うために衣服を質に入れた奴がいるのか。(江戸っ子は女房子供を質草にしてでも初鰹を買うのだ。)

参考図書
中国詩人選集二集「蘇軾 下」 小川環樹注 岩波書店
蘇東坡 林語堂(合山究訳) 講談社学術文庫
漢詩を読む−陸游− 石川忠久 NHK文化セミナー
中国詩人選集二集「高啓」 入谷仙介注 岩波書店
日本漢詩人選集5「新井白石」 一海知義・池澤一郎 研文出版
江戸漢詩 中村真一郎 同時代ライブラリー 岩波書店