2003年 5月

 三月末に桂林漓江下りに行って来ました。
 桂林は広西壮族自治区にありますが、地図を見ると桂林市は北東部で湖南省の永州市に接しており、南西部では同じ自治区の柳州市に接しています。この二つの土地は柳宗元貶謫の地であり、現在に残る彼の詩の大半はこれらの地で詠まれたものです。」
 以前にも少し書きましたが、柳宗元は宦官排斥運動に失敗して、永州司馬(州の長官に属する職:閑職だったのでしょう)の貶されます。この地にあること十一年、ようやく都への帰還命令が届きます。「やれうれし」と勇んで上京してみると、今度は刺史(知事)に昇任はしたが、なんと更に遠くの柳州への赴任命令でした。長安から柳州への道は、洞庭湖から長江支流の湘江を遡って長沙から元の任地、永州を通過して、霊渠(中国最古の運河)を経由して漓江に入り、桂林あたりから陸路で柳州に向かったものと考えられます。従って、柳宗元は漓江の美しい風光を見ているはずですが、現在残っている彼の詩のなかには、漓江の風景の美しさを詠んだものは残っていないようです。あるいは、傷心の身には漓江の景色を美しいと感じる余裕はなかったのでしょうか?
 四年後、大赦によって罪を許されますが、その知らせが彼の許に届く前に、47才で柳州で病没します。柳州においてはこの地の長官として善政を敷き、長く後を慕われたようです。
 彼は詩と共に、文章においても唐宋八家の一人に数えられますが、これらは苦難の境遇によって磨き上げられたもので、もし彼が順調な官途を辿っていたならば、彼の詩文は今あるようなものではなかったことでしょう。


田家 (三首 其の一)
 永州時代の作とされる。農民の生活の苦しみを叙して余すところがない。

蓐食徇所務  蓐食して 務むる所に徇(したが)い    朝、そそくさと寝床で食事をすまして今日の仕事に就き、
駆牛向東阡  牛を駆って 東阡に向う           牛を追って東のあぜ道へと向かう。
鶏鳴村巷白  鶏鳴 村巷白(しら)み           鳥の鳴き声と共に村里は白み始め
夜色帰暮田  夜色 暮田より帰る             日暮れになって、田圃より帰る。
札札耒耜声  札札たり 耒耜(らいし)の声       ざくざくと鋤の声
飛飛来烏鳶  飛飛として 烏鳶来る            鴉や鳶が飛び交う。
竭茲筋力事  茲に筋力の事を竭し             毎日、力仕事をやり通して
持用窮歳年  持して用って 歳年を窮む          それで一年が終わってしまう。
尽輸助徭役  尽く輸(おさ)めて 徭役を助け      収穫は全てお上に納めて夫役を免れ
聊就空舎眠  聊か空舎の眠に就く             ヤレヤレと暫くはガランとした家で眠る。
子孫日以長  子孫 日に以って長じ            子や孫は日々に大きくなってくるが
世世還復然  世世 還お復た然り             我ら百姓の生活はいつまでもこんなことの繰り返しなのだ。


嶺南江行
 
柳州へ赴く途中の作。瘴江とは漓江のことを指しているのでしょうが、あの美しい景色を瘴癘に満ちた所と叙しているのは、よほど辛かったのでしょうね。

瘴江南去入雲烟  瘴江南に去って 雲烟に入り
望尽黄茅是海辺  望み尽す 黄茅 是れ海辺
山腹雨晴添象迹  山腹 雨晴れて 象迹を添じ
潭心日暖長蛟涎  潭心 日暖くして 蛟涎長し
射工巧伺游人影  射工 巧みに伺う 游人の影
颶母偏掠旅客船  颶母 偏えに掠す 旅客の船
従此憂来非一事  此より憂い来ること 一事に非ず
豈容華髪待流年  豈(あに) 華髪を容るるに 流年を待たんや


この瘴気に満ちた川を南に下って雲や霞の中にと入って来ると、見渡す限り黄ばんだ茅の広い川岸。
雨が上がった山腹には象の足跡が残っており、暖かい日差しのなかの淵には蛟(みずち)の涎が長くあとを引いている。
射工(水中の魔物、毒虫)が水に映る旅人の影をそっと狙っており、また颶母(突風の兆し?)は常に旅客を乗せた船を襲わんとしている。
これからこのような土地で住むからには憂いの種はたくさんあり、年月の経つのを待つまでもなく、忽ち白髪となることだろう。


植柳戯題(柳を植う 戯れて題す)

柳州柳刺史  柳州の柳刺史                   「柳州の刺史となった柳宗元が
植柳柳江辺  柳を植う 柳江の辺                柳江の辺に柳を植えたとさ」
談笑為故事  談笑して 故事と為し               昔の笑い話となるような
推移成昔年  推移して 昔年と成る               時の過ぎ去った遠い将来
垂陰当覆地  陰を垂れて 当に地を覆い             柳は大きくなって木陰を地に作り
聳幹会参天  幹を聳えて 会(かな)らず天に参(いた)らん 幹は聳えて天に届くばかり
好作思人樹  好し 人を思うの樹を作るに            昔、木の下に休んだ聖人の徳を偲んでその木を大事にしたというが
慚無恵化伝  慚らくは恵化の伝わること無きを         私の場合は笑い話だけが残って、仁愛の伝えが残らないのではないかと恥じるばかりだ


柳州二月榕葉落尽偶題(柳州二月、榕葉落ち尽す 偶題)
 桂林の近く陽朔にも大きな榕樹(ガジュマル)がありましたが、どうやら春に落葉するみたいですね。

宦情羈思共凄凄  宦情 羈思 共に凄凄
春半如秋意転迷  春半にして秋の如し 意転た迷う
山城過雨百花尽  山城 雨過ぎて 百花尽き
榕葉満庭鶯乱啼  榕葉 庭に満ちて 鶯乱れ啼く

役人勤めの思い、故郷を遠く離れた思いはいずれも痛ましく悲しい。そのうえ、春半ばだというのに秋のような景色、私の気持ちは変になる。
この柳州の城市では、雨が過ぎて、咲き誇っていた花々はすっかり散ってしまい、榕樹の落ち葉が庭を埋めて、鶯だけが乱れ鳴いている。


参考図書
 中国の詩人 柳宗元 林田慎之助著 集英社
 唐代山水田園詩伝 銭文輝著 吉林人民出版社

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