2004年5月
そろそろ田植えの季節となり、田圃には水が漲って早いところではもう苗が青々と風にたなびいています。
田植え頃の風景となると、稲作の盛んな長江流域となり、江南に都のあった南宋を中心に詩を探しました。稲苗は「秧」の字が用いられることが多く、僅かに頭を出した苗の意味のようです。
陸游 小園 其の三
村南村北鵓鴣声 村南 村北鵓鴣(ぼっこ)の声
水刺新秧満満平 水は新秧を刺して 満満として平らなり
行遍天涯千萬里 行きて遍ねし 天涯 千万里
却従隣父学春耕 却って隣父に従いて 春耕を学ぶ
村のあちこちで、ボッコ(鳩?)の声が聞こえる。稲が針のような芽をだした水田が漫々と水を湛えて広がっている。
万里の旅路を歩き尽くして、地の果てから帰ってきた私だが、今は隣の親父から春の農作業を習っている。
翁巻 郷村四月
南宋の詩人ですが、その経歴は明らかでないようです。
緑遍山原白満川 緑は山原に遍く 白は川に満つ
子規声裏雨如煙 子規声裏 雨 煙の如し
郷村四月閑人少 郷村 四月 閑人少(まれ)なり
纔了蚕桑又挿田 纔(わずか)に蚕桑を了えれば 又挿田
野山は一面の新緑で、その中に河原が白く映えている。ホトトギスの鳴くなか、煙のような雨が降る。
農村の四月は私の他にはのんびりした人などはいなくて、やっと蚕に桑をやり終えると今度は田植えだ。
王士禎 金陵道上
清初の代表的詩人。漁洋山人。官僚としても大臣級の地位に到った。彼の詩論は神韻説といい、詩禅一致、言外の趣を尊んだ。
乍疎乍密秧針雨 乍(たちま)ち疎に乍ち密(しげ)し 秧針の雨
時去時来舶趠風 時に去り時に来る 舶趠の風
五月行人秣陵去 五月 行人 秣陵に去り
一江風雨昼濛濛 一江の風雨 昼 濛濛
疎らになったかと思うとまた密になって降る田植え時の細い雨。時に吹き去り、時に吹き来る船を走らせる季節風。
五月、旅人は南京(秣陵、金陵)へと向かう。川面全体の風雨で、昼であるのに濛々と薄暗い。
菅茶山 農功
農功五月急如弦 農功 五月 弦よりも急に
牟麦纔収已挿田 牟麦(ぼうばく) 纔かに収めて 已に田に挿す
一夜園林濯枝雨 一夜 園林 枝を濯ぐの雨
猫児山下水涵天 猫児山下 水 天を涵(ひた)す
農家の仕事は五月になるときりきり舞の忙しさで、大麦の刈り入れがやっと終わると、忽ち田植えが始まる。
一晩、庭の木々の枝を洗う雨が降った後、猫山の麓の水田には水が漫々と湛えられ、青空が水面に映っている。
参考図書
1) 宋詩選 小川環樹著 筑摩叢書
2) 王士禎 中国詩人選集二集 岩波書店
3) 江戸時代田園漢詩選 池澤一郎著 農文協