2005年1月

行く年来る年と題して、大晦日から新年の詩を集めました。

 

蘇軾 「除夜野宿常州城外二首」其の一

 38歳のとき常州に出張を命ぜられ、除夜に城外で船中に泊まったときの詩。この歳は凶作で人民が苦しんだ。

 

行歌野哭両堪悲  行歌 野哭 両つながら悲しむに堪えたり

遠火低星漸向微  遠火 低星 漸く微に向う

病眼不眠非守歳  病眼 眠らず 歳を守るに非ず

郷音無伴苦思帰  郷音 伴無く 苦(ねんご)ろに帰らんことを思う

重衾脚冷知霜重  重衾 脚は冷やかにして 霜の重きを知り

新沐頭軽感髪稀  新たに沐せし頭は軽くして 髪の稀なるを感ず

多謝残灯不嫌客  多謝す 残灯の客を嫌わずして

孤舟一夜許相依  孤舟 一夜 相い依るを許すを

 

旅人の歌声、野に満ちる慟哭の声、どちらも私の悲しみをそそり、遠いともし火、地平にまたたく星もだんだんと微かになってゆく。

眠らないのは眼病のせいで、大晦日の夜明かしではない。お国訛りを聴く相手も無く、ひたすらに家が懐かしい。

布団を重ねても足は冷たく、霜の深さが知られ、洗い立ての頭の軽いのに、髪がすっかり薄くなったと感じる。

ありがたいことに、ありあけの残り灯だけが、客を迷惑と思わずに孤舟の一夜に寄り添ってくれる。

 

 

頼山陽 「除夜作」

 

細君拮居鬢蓬朝  細君拮据して鬢は蓬麻

婢辨辛盤僕掃家  婢は辛盤を弁じ 僕は家を掃う

獨有主翁無一事  独り主の翁の一事無き有り

出従邨路覓楳花  出でて村路に従いて梅花を覓(もと)む

 

細君は髪を振り乱して忙しく立ち働き、女中はおせち料理を作り、下男は家の掃除。

主人だけが何にもすることが無いので、梅の花を求めて郊外へ散歩に出る。

 

王安石 「元日」

 

爆竹聲中一歳除  爆竹声中 一歳除す

春風送暖入屠蘇  春風 暖を送りて 屠蘇に入る

千門萬戸曈曈日  千門萬戸 曈曈の日

總把新桃換舊符  総て新桃を把って 旧符に換う

 

爆竹の音が鳴り響くなか一年が終わり、春風が暖かさを屠蘇の中に吹き込んでいる。

都の数知れぬ家々に朝日がさしのぼる頃、どの家も古い護符を取り去り新しい桃の木の守札をつけている。

 

 

河上肇 「閑居」

 河上肇はマルクス主義経済学者として有名な人ですが、また詩人、歌人としても知られています。さらに六十歳になって漢詩を作り始めます。勿論、それ以前より漢詩に関する造詣は大変深く、五年の獄中生活では漢詩集を愛読し、特に陸游に傾倒して彼の詩一万首を読破し、「陸放翁鑑賞」と題する著書まであります。この詩は昭和18年正月(65歳)に、 ―「いまの身のこの安けさはなかるらむひとやのまどに月見ざりせば」の歌のこころを― との副題で作られた詩です。後半は、かつて牢獄の月を見たればこそ、今年のような素晴らしい年(予感)を迎えられるのだ。経済学者としての彼は昭和十八年に戦争の終結を予感していたのでしょうか?

 

衰翁六十五  衰翁六十五

身健心如春  身は健にして 心春の如し

嘗看囹圄月  嘗て 囹圄(れいご)の月を看しなれば

晩有此佳年  晩に此の佳年有り

 

参考図書

 蘇東坡詩選 小川環樹・山本和義選訳 岩波文庫

 江戸漢詩 中村真一郎著 岩波書店

 漢詩歳時記 春の二 黒川洋一他編 同朋舎

 河上肇詩注 一海知義著 岩波新書

 

Homepageへ戻る