2006年6月
夏の風
五月の連休にブータンに行き、村から村をめぐる3泊4日のトレッキングを行いました。いろいろ面白いことがたくさんあったのですが、中でも印象に残ったことはブータンの広々とした谷を吹きぬける風の爽やかなことです。まさに「風のブータン」という言葉がぴったりの感じがしました。
それで今月のテーマは夏の風を詠った漢詩を集めてみました。
白居易 香山避暑
紗巾草履竹疏衣 紗巾 草履 竹疏の衣
晩下香山蹋翠微 晩に香山を下りて 翠微を蹋(ふ)む
一路涼風十八里 一路 涼風 十八里
臥乗籃輿睡中歸 臥して籃輿(らんよ)に乗りて 睡中に帰る
薄絹の頭巾、草履、竹の繊維を織って作った衣、夕方香山から山の緑の中を下りてゆく。
道は涼風の吹きぬける十八里。竹の駕籠のなかに横になって、眠ったまま帰ってきた。
蘇軾 水調歌頭
蘇軾が黄州流謫時代に張偓佺が作った新亭に「快哉亭」と命名しました。これは、戦国時代、楚の屈原の後継者でもある詩人の宋玉が作った「風賦」をなかの「快き哉、此の風」とあるのにちなんだものです。またこれを記念して詞を詠みました。以下の詞はその後半部です。宋玉は風に「大王の雄風」と「庶民の雌風」があると、楚王におもねってナンセンスなことをいっているのですが、蘇軾はそれにに反論しています。この詞の風が夏とは書いていませんが、なんとなく夏のような。
一千頃 一千頃
都鏡浄 都(すべて)鏡のごとく浄く
倒碧峰 碧の峰を倒にす
忽然浪起 忽然として 浪起り
掀舞一葉白頭翁 掀舞(きんぶ)す 一葉の白頭翁
堪笑蘭臺公子 笑うに堪えたり 蘭台の公子
未解荘生天籟 未だ荘生の天籟を解せず
剛道有雌雄 剛(まさ)に道(い)う 雌雄有りと
一點浩然気 一点 浩然の気
千里快哉風 千里 快哉(かいさい)の風
一千頃の広々とした水、すべて鏡のように清らかであり、緑の峯をさかさまに写している。
忽然として波が起こり、小舟に乗ったこの白髪頭の翁は喜んで踊りだすのだ。
楚の宮殿の貴公子(宋玉)の言はまさに笑止だ、荘子の「風は天籟、自然の妙音」という言葉を解していない。風に雄雌(大王の風と、庶民の風)があるなどという。
心のうちに浩然の気を持っていれば、誰でもこの「快哉の風」を楽しめるのだ。
元好問 初挈家還読書山雑詩 四首 (其四)
初めて家を挈(たずさ)えて読書山に還る 雑詩
乞得田園自在身 乞い得たり 田園 自在の身
不成還更入紅塵 還た更に紅塵に入るを成さず
只愁六月河堤上 只だ愁う 六月 河堤の上
高柳青風睡殺人 高柳の青風 人を睡殺するを
ついに田舎で自由に暮らせる身となった。もう二度と都の俗塵の中へ入ってゆこうとは思わない。
気がかりといえば、六月の河堤の上で、柳の並木を通り抜けてくるさわやかな風が私を眠り込ませてしまうことぐらいだ。
参考図書
漢詩歳時記 夏 黒川洋一他編 同朋舎
蘇軾 その人と文学 王水照著 日中出版
中国詩人選集 二集 元好問 小栗英一注 岩波書店