2006年11月

 

 この夏、岩波文庫から柏木如亭の「詩本草」が出版され、ちょっとした評判になり、新聞にも書評が載ったようです。小生も早速買ってきて読み、また校注者の揖斐高氏の前著「遊人の抒情−柏木如亭」も併せて読みました。どちらも大変面白く、一気に読了しました。「詩本草」は粋人如亭がその蘊蓄を傾けての著作であり、個々の食材が如亭個人の経験で味付けされて、まことに興味深い随筆となっています。また、揖斐氏の「遊人の抒情」は日本漢詩人の評伝としては、富士川英郎著「管茶山」と並ぶ労作と感じました。如亭に至って初めて日本の漢詩が儒者の詩から詩人の詩になったと言えるような気がします。

 柏木如亭の詩はこれまでも何度か紹介してき、魚の詩として河豚の詩(2002.02)もすでに紹介していますが、今月も「詩本草」から魚の詩を幾首か紹介します。

 

 

 

遠趁時新亦一奇   遠く時新を趁うも 亦(また)一奇

賞春燕上減郷思   春を賞する燕上 郷思を減ず

初肥棘鬣如紅錦   初めて肥ゆる棘鬣(きょくりょう) 紅錦の如し

正是桜花欲放時   正に是 桜花 放(ひら)かんと欲するの時

 

遠く備中まで来て、この地で名物の初物を求めるのもまた珍しい経験である。春の宴の席、郷愁も少しは忘れることが出来る。

春になって太ってきた棘鬣魚(鯛)、紅錦のように美しい。ちょうど今は桜の花が開き始めたときだ。

 

 

太刀魚

 

吶喊声銷天日麗   吶喊(とっかん) 声銷(き)えて 天日麗しく

波濤海静太平初   波濤 海静かなり 太平の初め

折刀百万沈沙去    折刀 百万 沙に沈み去り

一夜東風尽作魚   一夜 東風 尽く魚と作(な)る

 

戦場の雄叫びの声も消え、太陽がうららかに照らしている。海は波もなく静かな太平の世。戦場の折れた刀は数知れず海の砂に沈んだが、一夜の春風でことごとく魚となってしまった。

 

太刀魚は下賤なものとされ、店などでは客に出すことはないが、春から夏にかけてはとても美味である。昔、東海道の茶店で太刀魚を肴に一杯飲んだとき、戯れにこの詩を作って店の兄ちゃんにやったと如亭は書いています。

 

 

 

東海旧蕩風吹緑   東海の旧蕩 風は緑を吹く

上店時新斫赤玉   店に上る時新 赤玉を斫(き)る

正是江都清和天   正に是 江都 清和の天

此時口饞遂所欲   此の時 口饞(こうざん) 所欲を遂ぐ

去年四月在北方   去年 四月 北方に在り

越海到処不可嘗   越海 到る処 嘗(な)む可からず

今日関外一咀嚼   今日 関外 一たび咀嚼す

大勝夜夢向家郷   大いに勝る 夜夢の家郷に向うに

 

東海道のなじみの海に浜の緑を風が吹き渡る。店に初物の鰹がの赤い玉のような身が刺身となって出る。

ちょうど今は江戸ではうららかな天候で、グルメの江戸っ子は初鰹を手に入れて賞味するのだ。

去年の春は北の方にいたのだが、越後の海では何処へ行っても鰹は味わうことができない。今日は箱根の外で本場の江戸ではないけれど幸いにも鰹を口にすることが出来た。夢の中で故郷へ帰って、江戸の鰹を食うよりはよっぽどましだ。

 

グルメで遊興の徒である如亭は、放浪の身であり帰りたくとも帰れぬ江戸の生活をいつも懐かしんでいます。

 

参考図書

 詩本草 揖斐高校注 岩波文庫

 

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