2006年12月
以前(2002.06)に范成大の四時田園雑興から初夏の詩を紹介しましたが、今回は冬の詩を数点紹介します。
斜日低山片月高 斜日 低山 片月高し
酔餘行薬繞江郊 酔余 行薬 江郊を繞る
霜風搗尽千林葉 霜風 搗(う)ち尽す 千林の葉
閑倚筇枝数鸛巣 閑に筇枝に倚りて 鸛巣を数う
低い山に日が沈もうとする頃、弦月は空に高くかかっている。ほろ酔い機嫌で散歩に郊外の川のほとりをめぐる。
霜をもたらす冷たい風がもうすっかり見渡す限りの林の木の葉を落とし尽くしている。ちょっと立ち止まって、杖に寄りかかって露わになったコウノトリの巣の数を数えてみる。
行薬:散歩 もともと、薬を飲んで野外を歩き、汗を流すという健康法。「散」も薬の意。
炙背檐前日似烘 檐前(えんぜん)に炙背(しゃはい)すれば 日は烘(こう)に似たり
暖醺醺後困蒙蒙 暖醺醺(だんくんくん)後 困蒙蒙(こんもうもう)
過門走馬何官職 門を過り 馬を走らするは 何の官職ぞ
側帽籠鞭戦北風 側帽(そくぼう) 籠鞭(ろうべん) 北風と戦う
軒の前に座ってのひなたぼっこ、日はかがり火のよう。ポカポカと暖まってくると、眠気でボーッとしてくる。
門の前を馬を走らせて過ぎてゆく者がいるが、いったいどういう官職の者だろう。帽子を傾け、手を出さず袖で鞭を巻いて、北風に立ち向かってゆくのは。
困:眠気
籠鞭:寒いので手を出さず袖の上から鞭を持つことか?
撥雪挑来踏地菘 雪を撥ねて 挑(かか)げ来る 踏地菘(とうちすう)
味如蜜藕更肥醲 味は蜜藕(みつぐう)の如くにして 更に肥醲(ひじょう)
朱門肉食無風味 朱門の肉食 風味無し
只作尋常菜把供 只 尋常菜把の供を作すのみ
雪をはねながら掲げ持ってきたのは塌菜(ターサイ)。味はレンコンの蜜煮のようだが、さらに濃厚だ。
お屋敷の金持ちが食べる肉食もこれに比べると風味がないも同然。ただ、この田舎では日常のおかずとして食べているだけなのだが。
踏地菘:ターサイは近年、日本でもスーパーなどで見かけますが、地を這うようにロゼット形に生えるアブラナ科の野菜で、冬には甘みが増して特に美味しいようです。
榾柮無煙雪夜長 榾柮(こっとつ) 煙無く 雪夜長し
地炉煨酒暖如湯 地炉 酒を煨(あたた)めて 暖かきこと湯の如し
莫嗔老婦無盤飣 嗔(いか)る莫(な)かれ 老婦に盤飣(ばんてい)無しと
笑指灰中芋栗香 笑いて指す 灰中 芋栗(うりつ)の香ばしきを
ホタ火は煙も出さず、雪の夜は長い。囲炉裏で酒を温めると、暖かさはちょうど良い湯加減。
おばあさんに膳に盛ったご馳走がないなどと怒るではない。ほら、笑って指さしているではないか、灰の中に埋めた里芋や栗が良い匂いを出しているのを。
参考図書
范成大詩選 周汝昌選注 人民文学出版社