2007年05月
今月は初夏の爽やでおだやかな詩を紹介します。
司馬光 初夏
北宋の大政治家で、文人。王安石や蘇軾の師匠でもあるが、王安石の新法に反対して旧法党の指導者となる。歴史書「資治通鑑」を著す。子供の時大瓶の中で溺れている仲間を、瓶を石で割って助けた神童としても有名。
四月清和雨乍晴 四月 清和 雨乍(たちま)ち晴れ
南山当戸転分明 南山 戸に当って 転(うた)た分明
更無柳絮因風起 更に柳絮の風に因って起る無く
惟有葵花向日傾 惟だ 葵花の日に向って傾く有り
陰暦四月、気候は清々しくおだやかで、にわか雨がさっと降ってたちまち晴れ上がる。この洛陽の隠棲地「独楽園」の戸口からは南山がくっきりと見える。
もう柳の白い綿が風に舞うこともなくなり、ただタチアオイが日差しの方に花を傾けているだけだ。
楊万里 過百家渡 (百家渡を過る)
柳子祠前春已残 柳子祠前 春已に残し
新晴特地却春寒 新晴 特地(ことさら)に春寒を却(しりぞ)く
疎籬不与花為護 疎籬 花の与(ため)に護りと為らず
只為蛛絲作網竿 只 蛛絲(ちゅし)の為に網竿(もうかん)と作(な)る
柳宗元を祀った祠の辺りはすでに春は尽きようとしている。雨上がりの晴れ間は特に春の余寒を遠ざける。
疎らな垣は花を守る役には立たず(花はすっかり地に落ちている)、ただ蜘蛛の巣のための支柱となっている。
百家渡は湖南省永州にあった渡し場。永州は柳宗元が司馬として左遷された地(2003.05参照)。
陸游 村居、書触目 (村居、目に触るるを書す)
雨霽郊原刈麦忙 雨霽(は)れ 郊原 麦を刈ること忙しく
風清門巷曬絲香 風清くして 門巷 絲を曬(さら)して香(かんば)し
人饒笑語豊年楽 人は笑語饒(おお)く 豊年楽しげに
吏省徴科化日長 吏は徴科を省いて 化日長し
枝上花空閑蝶翅 枝上 花空くして 蝶翅(ちょうし)閑かに
林間葚美滑鶯吭 林間 葚(くわのみ)美にして 鶯吭(おうこう)滑らかなり
飽知遊官無多味 飽くまで知んぬ 遊官は多味無きを
莫恨為農老故郷 恨む莫れ 農と為りて 故郷に老ゆるを
雨が上がり、郊外の田園では麦刈りに忙しい。爽やかな風が吹いて、農家の門前に曝された繭の糸の良い香りを運んでくる。
村の人々は笑い声が多く、今年の実りに楽しげである。役人は税金を軽減してくれ、暖かい日の下で一日がのんびりと過ぎてゆく。
枝の上ではもう花は散り果て、蝶々がのどかに飛び、林の中では桑の実が美味しそうに熟れ、鶯もなめらかな声で歌っている。
役人生活の味気なさはもういやというほど知り尽くした。農民として故郷で年老いてゆくことを恨んだりするなと自分に言い聞かせるこの頃だ。
于謙 寓題
明の官僚としてモンゴルの侵攻を防いで大功があり、政治家として歴史に名を残している人のようです。
薫風何処来 薫風 何処より来る かんばしい初夏の風がどこからか来て
吹我庭前樹 我が庭前の樹を吹く 私の庭の樹を吹く
啼鳥愛繁陰 啼鳥 繁陰(はんいん)を愛し 鳴き声をたてる鳥は木陰を愛して
飛来不飛去 飛び来りて飛び去らず 飛んできたまま飛び去ろうとはしない。
参考図書
漢詩歳時記 渡部英喜著 新潮選書
漢詩歳時記 夏 黒川洋一他編 同朋舎