2007年12月

 雪の日、三人の詩人がそれぞれの境遇を詠った詩を集めました。

 

杜甫 「対雪」 (雪に対す)

 安禄山の軍に長安で軟禁された杜甫が、薄暗い部屋の中で愁いを詩にしたもの。

 

戦哭多新鬼  戦哭 新鬼多く            戦場に横たわる多くの死者の哀哭の声      

愁吟独老翁  愁吟す 独老翁           生き残って愁い吟ずる一人の老翁

乱雲低薄暮  乱雲 薄暮に低れ         乱れ雲が薄暮の空に垂れ下がり

急雪舞回風  急雪 回風に舞う          急激に降りそそぐ雪が突風に舞う

瓢棄樽無緑  瓢棄てられ 樽に緑無く     瓢の杯は打ち捨てられ、酒樽には緑酒はなく

炉存火似紅  炉存しては 火紅に似たり   火の気のない炉には紅い火が幻の如く眼に映る

数州消息断  数州 消息断ゆ           一州、一州と連絡が途絶え

愁坐正書空  愁坐して 正に空に書す     愁いつつ座り込んで、空に字を書き記す

書空:晋の殷浩が捕らえられて、「咄咄怪事(ああ、わけがわからぬ)」と空に書いた(口に出すとさらに罪に問われる恐れから)という故事から。

                   

 

梅堯臣 「和道損欲雪与家人小児輩飲」

  (道損の「雪ふらんと欲して家人小児の輩と飲む」に和す)

 

陰雲濃圧野  陰雲 濃く野を圧し

風猟樹高鳴  風猟(さわ)ぎて 樹高く鳴る

寒禽並枝立  寒禽 枝に並び立ち

頗以見物情  頗る以て 物の情を見る

目前両稚子  目前の両稚子

為慰豈異卿  慰めを為すは 豈に卿に異ならん

欲置一壺酒  一壺酒を置き

且独対婦傾  且つは 独り婦に対して傾けんと欲す

 

陰鬱とした雲が野を覆い尽くし、風がびゅうびゅうと吹いて木々が高いうなり声を上げる。

寒々とした鳥が枝に並んでとまっており、そこには世の中の情を見ることが出来る。

ちょうど私も目の前に二人の幼子を見て、人生の慰めとするのはあなたと少しも変わらない。

一壺の酒を置いて、妻と向かい合って安らかな気持ちで酒を味わうのだ。

 

 

市河寛斎 「歳晩書懐」

 市河寛斎は江戸後期の詩人で幕府大学頭の林家の塾に学び、塾頭となり学者・詩人として頭角を現します。当時は唐風の詩をつくっていたが、後に林家の塾を去ってからは、宋の詩に傾倒し、江湖詩社を作り、大窪詩仏、柏木如亭、菊池五山などの弟子を育てます。それまでは盛唐風の詩が盛んであったのを、宋風の詩がこれ以降流行するようになります。

 この詩は、後に寛斎が越中前田家に儒者として仕え、江戸と越中を往復していた時代の詩です。

 

帰去家郷未有期  家郷に帰去すること未だ期有らず

越山作客已周朞  越山 客と作り已に周朞(しゅうき)

凍雲黯黯窗常暗  凍雲 黯黯として 窓は常に暗く

密雪沈沈夜更遅  密雪 沈沈として 夜更遅し

塵裏逢迎人易老  塵裏の逢迎 人は老い易く

書中安否夢先知  書中の安否 夢に先ず知る

江城想得春回早  江城 想い得たり 春の回ること早きを

正是探梅問柳時  正に是 梅探り柳を問うの

 

故郷の江戸へは何時になったら帰れるのか判らぬまま、この越中の山国で時も一巡りしようとしている。

凍り付く様な雲が黒々として窓は何時も暗く、細かな雪が音もなく降り続き夜は一層長く感じられる。

世の中の付き合いで人は歳をとりやすく、江戸からの手紙が安否を知らせるが、それはもう夢に見て知っていたこと。

江戸の町に思いを馳せると、もう早くも春がやってきていることだろう。ちょうど今頃は梅の花を探り、柳の芽を尋ね歩く時期ではないか。

 

参考図書

 漢詩歳時記 冬 黒川洋一他編 同朋舎

 日本詩人選集9(市河寛斎) 蔡毅・西岡淳著 研文出版 

 

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