2008年02月

今月は「詩人困窮す」と題して、貧に苦しむ詩人の姿を詠った詩を集めました。

 

蘇軾 「東坡八首 并叙」

 

余至黄二年日以困匱。故人馬正卿哀予乏食為於郡中請故営地数十畝使得躬耕其中。地既久荒為茨棘瓦礫之場。而歳又大旱。墾闢之労筋力殆尽。釈耒而歎乃作是詩自愍其勤。庶幾来歳之入以忘其労焉。

 

 黄に至り二年、日に以って困匱す。故人馬正卿 予の食の乏しき哀れみ、為に郡中に於て故営の地数十畝を請い、其中に躬耕するをしむ。地既に久しく荒れ、茨棘瓦礫の場と為れり而うして歳又大いに旱す。墾闢の労、筋力殆んど尽きたり耒を釈てて歎じ、乃ち是の詩を作り、自ら其の勤を愍れむ。。庶幾(こいねがわく)ば来歳の入、以って其の労を忘れなんことを。

 

其一

廃塁無人顧  廃塁 人の顧みる無く

頽垣満蓬蒿  頽垣 蓬蒿満つ

誰能捐筋力  誰か能く筋力を捐(す)てんや

歳晩不償労  歳晩 労を償なわじ

独有孤旅人  独り孤旅の人有り

天窮無所逃   窮せしめて逃がるる所無し

端来拾瓦礫  端(まさ)に来り瓦礫を拾う

歳旱土不膏   旱にして 土膏ならず

崎嶇草棘中  崎嶇たる草棘の中

欲刮一寸毛  一寸の毛を刮(けず)らんと欲す

喟焉釈耒嘆  喟焉(きえん)として耒(すき)を釈(す)てて嘆ず

我廩何時高  我が廩(くら) 何れの時に高からんと

 

 

陸游 「霜風」

 

十月霜風吼屋邊  十月 霜風 屋辺に吼え  

布裘未辨一銖綿  布裘(ふきゅう) 未だ弁ぜず 一銖(しゅ)の綿

豈惟飢索隣僧米  豈(あ)に惟(た)だ 飢えて隣僧の米を索むるのみならん

真是寒無坐客氈  真に是 寒きに坐客の氈(せん)無し

身老嘯歌悲永夜  身は老いて嘯歌し 永夜を悲しみ

家貧撑拄過凶年  家は貧にして撑拄(とうしゅ)し 凶年を過ごす

丈夫経此寧非福  丈夫 此を経るは 寧(いずく)くん福に非ざらんや

破涕灯前一粲然  涕(なみだ)を破って 灯前 たび粲然たり

                                                            

10月、寒風が家のまわりで吼えているが、上衣に入れるわずかの綿さえ手に入れられない。

飢えて隣の坊さんから米をゆずってもらうだけでなく、この寒さに客に敷いてもらう敷物さえないのだ。

この身は老いて、長く声をひいて歌をうたい、夜長を悲しむ。家は貧しいが何とか持ちこたえて凶年を過ごす。

男子たるもの、こんな経験もむしろ幸いではあるまいか。涙をはらって灯の前でにっこりと笑ってみせるのだ。

 

柏木如亭 「己酉歳莫」

 

人間変故有前期  人間の変故 前期有り

吾宅二年三度移  吾が宅 二年に三度移る

窮鬼随身駆不去  窮鬼 身に随いて 駆れども去らず

病魔侵体撃還窺  病魔 体を侵して 撃てども還た窺う

唯貪枕上一場夢  唯貪る 枕上 一場の夢

聊剰嚢中百首詩  聊さか剰す 嚢中 百首の詩

送尽余冬春又至  余冬を送尽して 春又至る

何知蹭蹬遂無為  知らん 蹭蹬(ぞうとう) 遂に無為なる

 

世の中の変化には前兆があるようだ。私はこの二年間に三度も転宅した。

貧乏神は私の身に寄り添っていて追い払っても離れてゆかず、病魔も体をおかして撃退してもまたねらってくる。

楽しみは寝床の中でのひとしきりの夢、財産といえるのは詩嚢の中の百首の詩のみ。

残んの冬を送り尽くして明日はまた新年がやってくる。来年とてよろよろとよろめく人生、何も出来ないのだろう。

 

参考図書

 中国漢詩人選集二集 蘇軾(上) 小川環樹注 岩波書店

 漢詩歳時記 冬 黒川洋一他編 同朋舎

 日本漢詩人選集 柏木如亭 入谷仙介著 研文出版

 

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