2008年06月

「山更幽」

 良寛にも、「風定花尚落、鳥啼山更幽」の句がありますが、最初は王籍の詩なのでしょうか。

 

王籍 「入若耶溪」

 唐の前、南北朝時代・梁の詩人。「蝉噪林逾静 鳥鳴山更幽」の対句はあまりにも有名です。「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」と詠んだ芭蕉はこの詩を知っていたのでしょうか? 若耶溪は紹興の近くにある名勝で、西施がこの畔で生まれたと云われています。古来、多くの文人墨客が訪れたところですが、現在はどうなっているのでしょうか?

 

艅艎何泛泛  艅艎(よこう) 何ぞ泛泛(はんはん)たる

空水共悠悠  空水 共に悠悠

陰霞生遠岫  陰霞 遠岫に生じ

陽景逐廻流  陽景 廻流を逐う

蝉噪林逾静  蝉噪ぎて 林 逾々静かに

鳥鳴山更幽  鳥鳴きて 山 更に幽なり

此地動帰念  此の地 帰念を動かし

長年悲倦遊  長年 倦遊を悲しむ

 

美しく飾った舟がゆらりゆらりと浮かび、空と水は共にゆったりとしている。

暗い霞が遠くの峰にかかり、明るい陽射しが流れを逐って輝く。

蝉の鳴き声が林の静けさをますます深いものにし、鳥が鳴くと山が更に幽玄の感を増す。

この地にいると故郷を思う心が沸き起こり、長年の憂き旅を悲しく思うのだ。

 

 

王安石 「鍾山即事」

 王安石は引退後、南京郊外の鍾山に隠棲します。その閑居のさまが良く窺える詩です。結句は勿論王籍の「鳥鳴山更幽」をもじっているわけですが、この句だけの比較では王籍に軍配を挙げるのが古来からの評です。

 しかし、詩全体を見ると王安石の心境がしみじみと感じられる捨てがたい詩ですね。

 

澗水無声繞竹流  澗水 声無く 竹を繞って流れ

竹西花草弄春柔  竹西の花草 春柔を弄ぶ

茅簷相対坐終日  茅簷 相対して 坐すること終日

一鳥不鳴山更幽  一鳥 鳴かず 山更に幽なり

 

 

杜甫 「題張氏隠居二首(其一)」

 杜甫二十代の作で、残っている作品のうちではきわめて初期のもの。山中に隠れ住む友人を訪ねる詩である。

 

春山無伴独相求  春山 伴無く 独り相求む

伐木丁丁山更幽  伐木 丁丁(とうとう) 山更に幽なり

澗道余寒歴氷雪  澗道の余寒に氷雪を歴(へ)

石門斜日到林丘  石門の斜日に林丘に到る

不貪夜識金銀気  貪らずして 夜識る 金銀の気

遠害朝看麋鹿遊  害を遠ざけて 朝に看る 麋鹿の遊

乗興杳然迷出処  興に乗じて 杳然 出処に迷う

対君疑是泛虚舟  君に対すれば 疑うらくは是れ虚舟を泛ぶるかと

 

春の山に伴も連れず独りで友人を訪ねてゆくと、木を伐る音がカーン、カーンと聞こえて山の静けさが一層深く感じられる。

澗沿いの道は春の余寒に残っている氷雪の上を越え、石門山に日が傾く頃にやっと君の住む林丘にたどり着く。

君には卑しい念いは全くないが、夜ともなると地下の金銀の気が自然と上がってくるのが分り、危害を加える気がないため、朝には鹿などが近くで遊んでいるのが見られる。

奥深いところに来た気分で興が深く、いつ帰ろうかと迷ってしまう。君はいわゆる荘子の虚舟を泛べた人のようですの無心な心境がしみじみと感じられる。

 

伐木丁丁:詩経小雅「伐木」の出だしで、親友との出逢いを喜ぶ内容の詩である。

 

参考図書

 漢詩名句辞典 鎌田正・米山寅太郎著 大修館書店

 中国詩人選集二集 王安石 清水茂注 岩波書店

 杜詩 第一冊 鈴木虎雄訳注 岩波書店

 

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