2008年08月

土屋竹雨 「原爆行」

 今月は日本最後の漢詩人ともいわれる土屋竹雨の「原爆行」の一首のみの紹介です。「行」とは長編詩の一つの形式(例:白楽天「琵琶行」など)をいうのですが、具体的のはどういう形式なのかは分りません。

 竹雨は本名久泰、明治20年山形県鶴岡に生まれ、二高から東大法科を卒業、のちに大東文化大学学長となり、昭和3378歳で没します。生涯日本漢詩の発展に尽力します。喜寿の歳、自選詩集『猗廬(いろ)詩稿』を発行します。私もこの本を読みたいのですが、未見です。

 

怪光一綫下蒼旻  怪光 一綫 蒼旻より下り

忽然地震天日昏  忽然 地震いて 天日昏し

一刹那間陵谷變  一刹那の間 陵谷変じ

城市臺榭歸灰燼  城市 台榭 灰燼に帰す

此日死者三十萬  此の日 死する者 三十万

生者被創悲且呻  生ける者は創を被り 悲しみ且つ呻く

生死茫茫不可識  生死 茫茫 識るべからず

妻求其夫兒覓親  妻は其の夫を求め 児は親を覓む

阿鼻叫喚動天地  阿鼻叫喚 天地を動かす

陌頭血流屍横陳  陌頭 血流れて 屍横陳す

殉難殞命非戰士  難に殉じ 命を殞うは 戦士に非ず

被害總是無辜民  害を被るは 総て是れ 無辜の民

廣陵慘禍未曾有  廣陵の慘禍 未だ曾て有らず

胡軍更襲崎陽津  胡軍 更に襲う 崎陽の津

二キ荒涼鷄犬盡  二キ 荒涼として 鷄犬尽き

壞墻墜瓦不見人  壊墻 墜瓦 人を見ず

如是殘虐天所怒  是くの如き殘虐 天の怒る所

驕暴更過狼虎秦  驕暴 更に過ぎたり 狼虎の秦

君不聞        君聞かずや

啾啾鬼哭夜達旦  啾啾たる鬼哭 夜旦に達し

殘郭雨暗飛燐  殘郭 雨暗くして 燐飛ぶを

 

怪しげな光が一筋、青空から下ったかと思うと、突然大地が振動し太陽が翳った。

一瞬の間に岡や谷の形が変わり、街もビルディングも灰燼となった。

この日の死者は三十万人、生きている人も怪我をして悲痛にうめき声を上げている。

人々の生死ははっきりせず、知ることも出来ない。妻は夫を、子供は親を捜し求める。

その阿鼻叫喚の様に天地もどよめくようだ。街角には血が流れており、死体が横たわる。ここで殉難し、命を落とした人たちは兵隊ではない。被害にあったのは総て罪もない一般の市民なのだ。

広島の惨禍は未曾有のことなのに、敵軍はさらに長崎の街をも襲撃した。

二つの都市は荒涼として鶏も犬もいない状態となり、垣根は崩れ、瓦は落ち、人影は見えない。

このような残虐は天も怒る所業だ。その凶暴さは虎狼と云われた秦よりもひどい。

君にも聞こえるだろう、夜中から朝までひっそりと啼く亡霊の声が。そして崩れた建物に暗い雨の中、青い鬼火の飛ぶのが見えるだろう。

 

参考図書

 漢詩名句辞典 鎌田正・米山寅太郎著 大修館書店

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