2008年10月
平安朝詩人の秋
この秋は平安朝の詩人の詩を集めました。この時代の詩は私自身菅原道真ぐらいしか知りませんでしたが、女は仮名文学、男は漢字の文学が表芸とされた時代です。そして、詩では白楽天が絶対的な手本となったようです。
嵯峨天皇 「賦得隴頭秋月明」
桓武天皇の皇子。平安初期を代表する詩人です。私は三筆の一人として書の名人としか知りませんでしたが。この詩は詩会で題を与えられて作ったもので、あまり実感のこもったものではないですね。選択が悪かったのかもしれません。
関城秋夜浄 関城 秋夜浄く
孤月隴頭団 孤月 隴頭に団かなり
水咽人腸絶 水は咽びて 人の腸を絶ち
蓬飛砂塞寒 蓬は飛んで 砂塞寒し
離笳驚山上 離笳 山上を驚かし
旅雁聴雲端 旅雁 雲端に聴く
征戍郷思切 征戍 郷思切にして
聞猿愁不寛 猿を聞きて 愁寛ならず
国境の砦では秋の夜は清らかであり、月がポツンと隴山の上に丸くかかっている。
川のむせび泣くような流れは人の腸を断つような悲しみを呼び起こし、根無し草の蓬は飛んで、砂漠の砦は寒々としている。
別れの曲を奏でる笛の音は山上の兵士を驚かせ、旅の雁の声を雲のまにまに聞く。
辺境の守りにあって、故郷の思いは切なく、猿の鳴き声を聞いては起こる愁いに休まることはない。
島田忠臣 「秋日感懐」
平安中期を代表する詩人。文章生から出身というから、下層貴族の出であるが才能によって地方官から中央官僚に出世する。菅原道真の少年時代の家庭教師として詩を教え、また娘は道真の正妻となる。
由来感思在秋天 由来 思を感ずるは 秋天に在り
多被当時節物牽 多くは当時の節物に牽かる
第一傷心何処最 第一 心を傷ましむるは 何れの処か最たる
竹風鳴葉月明前 竹風 葉を鳴らす 月明の前
元来、あわれを感じるのは秋空であるが、それは大抵その時期の景物に心惹かれるからだ。
第一番に心を痛ましめるものは何かというと、皎々たる月光のもと、竹を渡る風がさやさやと葉を鳴らしているところがそれなのだ。
菅原道真 「秋夜 九月十五日」
黄萎顔色白霜頭 黄に萎む顔色 白霜の頭
況復千余里外投 況んや復 千余里外に投(いた)るをや
昔被栄花簪組縛 昔 栄花を被り 簪組(しんそ)に縛(ゆ)われ
今為貶謫草莱囚 今 貶謫と為り 草莱の囚たり
月光似鏡無明罪 月光は鏡に似たるも 罪を明らむる無く
風気如刀不破愁 風気は刀の如きも 愁いを破らず
随見随聞皆惨慄 見るに随い聞くに随いて 皆惨慄たり
此秋独作我身秋 此の秋 独り我が身の秋と作(な)る
黄色に萎えた顔色、白髪の頭、ましてその上都から千余里も離れた配所にいる私。
昔は栄花の中にいたとはいえ、官吏という身分に縛られ、今は配流の身となり雑草のなかの囚われ人。
月の光は鏡のように澄んでいるが私の無実を明かしてはくれず、秋の風は刀のように身を刺すが私の愁いを破ってはくれない。
月光を見るも、風の音を聞くも全ては酷く傷ましい。秋は誰にも悲しい季節ではあるが、この秋は我が身一人に悲しみが集まったような秋だ。
参考図書
王朝漢詩選 小島憲之編 岩波文庫