1999年6月
 初夏の宋詩二首紹介します。
 はじめの唐庚の詩「酔眠」は、小生の大好きな詩で、特に第一句目は大峰山中「太古の辻」の幽邃な風景を思い起こさせてくれます。また、第六句はハンモックで昼寝をしているときとピッタリの気分です。この二句を印に彫りたいと思っていますが、まだ果たせずにいます。
 陸游は憂国の詩人としてもたくさんの詩を残していますが、やはりこの様に農村風景を詠んだ詩に心引かれます。
 我々が、学校時代に学んだ詩のほとんどは唐詩ですが、宋時代は唐時代の貴族制から、ブルジョアジーが力を持ち、文化の一端を担うようになり、近代的思想の芽生えが見られる時代です。そのような時代を背景としてか、宋詩では日常生活の細やかな心の動きを読んだ詩が多くなったように思います。


唐庚「酔眠」(酔うて眠る)
山静似太古  山は静にして 太古に似たり
日長如小年  日は長くして 小年の如し
餘花猶可酔  余花 猶(なお) 酔うべし
好鳥不妨眠  好鳥も 眠を妨けず
世味門常掩  世味には 門 常に掩い
時光簟已便  時光 簟(てん) 已に便なり
夢中頻得句  夢中 頻りに 句を得たり
拈筆又忘筌  筆を拈(と)れば 又 筌を忘る

山は大昔のように静かだ。日は小一年程もあるかのように長い。咲き残った花は酒の相手によく、鳥の声も眠りを妨げることはない。うるさい世事が入ってこないように門は常に閉めている。もう竹のベッドは気持ちよい季節。夢の中で、しきりに詩句を得たけれど、筆を執ってみると、さて何だったか?


陸游 「初夏行平水道中」(初夏 平水の道中を行く)
老去人間楽事稀  老い去っては 人間 楽事 稀なり
一年容易又春歸  一年 容易 又 春 歸る
市橋壓擔蓴糸滑  市橋 担を圧して 蓴糸(じゅんし)滑らかに
村店堆盤豆夾肥  村店 盤に堆(うずたかく) 豆夾 肥ゆ
傍水風林鶯語語  水に傍(そ)える 風林 鶯は語語し
満園烟草蝶飛飛  園に満てる 烟草 蝶は飛飛たり
郊行已覺侵微暑   郊行 已に覺ゆ 微暑を侵せるを
小立桐陰換夾衣  小(しばら)く桐陰に立ちて 夾衣を換う

年を取ると、世の中楽しみは少ない。しかし、一年はすぐ過ぎまた春が帰ってきた。町の橋では商人に担がれた重そうなジュンサイを見てはその滑らかな舌触りを思い、村の店では、皿にうずたかく積まれた莢豆の丸々と太っているのに驚く。水辺の風に揺れる林では鶯が鳴き交わす声、畑一面の青草の上を蝶が飛び交う。野歩きすると、もう暑さを覚える季節となった。ちょっと、桐の木陰であわせを着替えようと立ち止まる。

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