1999年12月

今年最後の通信となりました。まあ、後一年ぐらいはネタが有りそうです。さて、11月は少しオタクっぽい話題でしたが、今回は思いっきりポピュラーなものでと考えました。テーマは雪です。

柳宗元 「江雪」
雪の詩といえば真っ先に思い起すものです。簡にして潔。わずか20字のうちに寒々とした雪景色を描き尽くしています。まさに絶唱です。この絵画的な詩に現れている白黒二色の世界は、水墨画の題材にピッタリで古来より数多く描かれています。私も誰が描いたともわからないこんな絵をどこかの家の床の間で見かけたような気がします。
柳宗元は、韓愈、白楽天と同時代の中唐の人で、散文でも唐宋八大家の一人に数えられています。いわゆる、自然を好んで歌った詩人です。いろいろと政争にも巻き込まれ左遷されたりしていますが、地方官吏として有能であったようで、最後は柳州(江西壮族自治区)の長官に流されそこで47歳の生涯を終えています。柳宗元には「漁翁」という名作がありますが、それはまたの機会に。

千山鳥飛絶   千山 鳥の飛ぶこと絶え
萬徑人蹤滅   萬径 人蹤(じんしょう)滅す
孤舟蓑笠翁   孤舟 蓑笠(さりゅう)の翁
獨釣寒江雪   独り寒江の雪に釣る

高適 「別董大」

前の「江雪」が南の山岳地帯の音一つしない静寂の世界なら、これは烈風に黄砂の舞い上がる北方の平原の厳しい冬景色でしょう。董大という人は、放浪の音楽家のようですが、最後の句が、以前に紹介した王維の「西のかた陽関を出ずれば故人無からん」と対照的で面白いですね。この詩の最初の出だしは十里と千里の二説があるようですが、私は絶対、千里だと思います。十里では日本人的感覚でもせせこましいと思います。
作者は、もともと豪放な性格で、学問を好まず、若い時は博徒の仲間に入ったこともありました。仕官を望まずに辺境を遊歴したりしていましたが、最後は中央の高官に至った。詩を作り出したのも50歳を越えてからですが、たちまち文名があがり、李白・杜甫とも親しかったという特異な経歴の人です。

千里黄雲白日曛   千里の黄雲 白日曛(あわ)し 
北風吹雁雪粉粉   北風 雁を吹いて 雪粉粉たり
莫愁前路無知己   愁う莫れ 前路 知己無きを
天下誰人不識君   天下 誰が人か 君を識らざらん

白居易 「重題」
ついに白楽天の登場です。これまた超ポピュラーな詩で、ほとんどの人は少なくともこの中の一句は中学か高校の古文の時間に聞いているはずです。そう、枕草子の、清少納言が簾を揚げるところです。彼の詩集「白氏文集」は枕草子にも「文選、文集」と並べられているように、日本では平安時代から大変流行しました。ところが、中国では親友の元シン(禾眞)と共に元軽白俗といわれ、その平易なところが通にはあまり好まれなかったようです。彼自身は民衆詩人たることを目指しており、詩を作ると老婆に聞かせて、老婆が分かるように直したという話が伝えられています。「長恨歌」「琵琶行」のような感傷的な詩が有名ですが、彼自身は諷喩の詩が本領と思っていたようです。
この詩は「香鑪峯下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、偶たま東壁に題す」という詩に続いて、作られたもので「重題」と名づけられています。四十歳半ばで江州(長江中流の潯陽)の地方事務官に左遷されたときのもので、後半の部分は多少痩せ我慢も入っているかもしれません。

日高睡足猶慵起   日高く 睡足りて 猶お起くるに慵(ものう)し
小閣重衾不怕寒    小閣 衾を重ねて 寒を怕(おそ)れず
遺愛寺鐘欹枕聽   遺愛寺の鐘は 枕を欹(そばだ)てて聽き
香爐峰雪撥簾看   香爐峰の雪は 簾を撥(かか)げて看る
匡廬便是逃名地    匡廬(きょうろ)は便ち是れ 名を逃るるの地
司馬仍爲送老官   司馬は仍ち 老を送るの官たり
心泰身寧是歸處   心泰(やす)く 身寧らかなるは 是れ帰する処
故郷何獨在長安   故郷 何ぞ独り 長安にのみ在らんや

簾:防寒用の暖簾  匡廬:廬山のこと  司馬:州刺史(知事)の補佐。閑職

菅茶山 「冬夜読書」
最後に日本からは、またまた私の大好きな管茶山です。最初の回に彼の死の直前の詩をご紹介しましたが、今回のはもっと若い時代のものです。彼は80年の生涯のほとんどを広島県の神辺(福山市の隣)で子弟の教育に当たりました。その塾を「黄葉夕陽村舎」といい、後に福山藩の正式の学校となり「廉塾」とよばれます。いまも、史跡として残っています。私が初めて茶山に興味を引かれたのは「黄葉夕陽村舎」の名に魅せられたからです。
今年の春、茶山の跡を訪ねて神辺のあたりをサイクリングしてきました。江戸城内で、当代の詩人について話題になった時、第一人者として茶山の名前がでた。福山の殿様がそれはどこの人かと聞いたところ、あなたの藩内の人だと云われ、大いに恥をかいたという話が残っています。容貌は魁偉で、一見恐そうな人であった
が、実は穏やかで、訥々とした好々爺であったそうです。この詩も平易ですが、茶山の真面目な性格が良く出ています。

雪擁山堂樹影深   雪は山堂を擁して 樹影深し
檐鈴不動夜沈沈   檐鈴(えんれい)動かず 夜沈沈
閑収乱帙思疑義   閑かに乱帙を収めて 疑義を思う
一穂青灯万古心   一穂(いっすい)の青灯 万古の心

雪は山家を覆って、樹木の姿が白を背景に黒々と見える。軒の鈴は音を立てず、夜はしんしんと更けわたる。周りに取り散らかした書物をかたずけながら、疑問点を考えていると、一穂の青い灯が、いにしえからの先人たちの心を照らし出しているようだ。


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