2010年7月
柏木如亭 雨
ネタに困ったときの如亭だのみというわけでもありませんが、今月も如亭の雨の詩を選んでみました。
絶句 二首
帰鴉閃閃没煙霄 帰鴉 閃閃 煙霄に没し
但見魚舟趁晩潮 但見る 魚舟の晩潮を趁(お)うを
一傘相扶侵雨去 一傘 相扶けて 雨を侵して去く
黄昏獨上水東橋 黄昏 独り上る 水東の橋
ねぐらに帰るカラスがひらひらと夕もやの中に消えて行き、漁師の舟が夕潮を追っかけるかのように走るのを見るばかり。
一本の傘を頼りに雨を冒して出かけ、黄昏に独り川の東の橋の上に立ったことであった。
孤影悄然随月明 孤影 悄然として 月明に随う
柳堤一路少人行 柳堤 一路 人の行くこと少(ま)れなり
幾家半掩鐘初響 幾家か 半ば掩いて 鐘初めて響く
橋頭小立数二更 橋頭に小立して 二更を数う
二更:午後9時ごろ
餘量不勝蕉葉客途阻雨不能以酒消遣乃作一絶
(余が量蕉葉に勝えず、客途雨に阻まるるも酒を以って消遣すること能わず、乃ち一絶を作る)
豈無杯杓破清寥 豈 杯杓の清寥を破る無らんや
淡飯粗茶過幾朝 淡飯 粗茶 幾朝か過ぐ
要向酔郷深處去 酔郷の深き処に向いて去かんと要するも
山重水複路迢迢 山重 水複 路迢迢
この憂さをはらす酒がこの宿屋にないわけではないが、薄い粥、粗末な茶で何日かを過ごしてしまった。
「酔いの国」の奥深くに分け入ろうとしても、酒に弱い私にとっては重なる山や川の遙か遠くだ。
蕉葉:小さい杯
山重水複:南宋の陸游の詩から採っている。(2003.04参照)
雨夜
有約不来宵悄然 約有りて来らず 宵悄然
幽窗月暗雨如煙 幽窓 月暗く 雨煙の如し
残書掩罷燈吹滅 残書 掩い罷めて 燈を吹き滅す
点滴声中獨自眠 点滴声中 独自ら眠る
約束していたのに来てくれないので、夜をしょんぼりと過ごしている。薄暗い窓には月の光も射し込まず、雨が靄のようにけぶっている。
読みかけのボロボロの本を閉じて、明かりを吹き消して、雨だれの音を聞きながら一人ぼっちで眠る。
一人で寝ると言っているところから、この約束の人は女性だったのでしょうね。
有約不来:趙師秀 「約客」から採った句 (1999.07)
参考文献
日本巻詩人選集8 柏木如亭 入谷仙介 研文出版
遊人の抒情 揖斐高著 岩波書店