2010年9月 

放翁の秋

 南宋の陸游の詩はこれまでも度々紹介していますが、彼の晩年の秋の詩を。彼は52歳で退官して年金生活に入りますが、この時から放翁(気儘な爺)と号します。

 

和范待制秋興 三首 其一 (范待制に和す 秋興 三首 其の一)

 この前年、陸游は范成大の幕下に招かれ成都に赴いたが、この年(52歳)から年金生活に入った。

 

策策桐飄已半空  策策として桐は飄り 已に半ば空し

啼螿漸覚近房  啼螿(ていしょう) 漸く覚ゆ 房に近きを

一生不作牛衣泣  一生作さず 牛衣の泣

万事従渠馬耳風  万事 渠(か)の馬耳の風に従わん

名姓已甘黄紙外  名姓 已に黄紙の外なるに甘んじ

光陰全付緑尊中  光陰 全て緑尊の中に付す

門前剥啄誰相覓  門前の剥啄(はくたく) 誰か相覓む

賀我今年号放翁  賀す 我の今年放翁と号せるを

 

桐の葉がひらひらと舞い落ちもう既に半ばは無くなってしまい、ヒグラシが部屋の窓近くで啼く季節となった。

たとえ貧乏でも、一生牛の蒲団の中でめそめそ泣くようなことはするまい、全てはあの馬耳東風と受け流そう。

もう私の名前が辞令の黄色い紙に書かれることがないのに甘んじよう、そしてこれからの年月を全て緑酒の樽に託するのだ。

門前で戸をたたく音がするのは誰が尋ねてきたのやら。きっと私が今年から「放翁」と名乗るようになったのを祝いにやって来たのさ。

 

*牛衣泣 漢代、王章が書生の時、貧乏で牛に着せる蒲団を被って、妻と自殺しようと泣いた故事。

 

 

秋晩閑歩隣曲以予近嘗臥病皆欣然迎労

  (秋晩閑歩するに 隣曲 予の近ごろ嘗て病に臥せるを以って 皆欣然として迎え労う)

 

放翁病起出門行  放翁 病より起きて 門を出て行けば

績女窺籬牧豎迎  績女は籬に窺い 牧豎は迎う

酒似粥醲知社到  酒は粥に似て醲(こ)く 社の到るを知り

麭如盤大喜秋成  麭(もち)は盤の如く大にして 秋の成るを喜ぶ

帰来早覚人情好  帰りてより来のかた 早に人情の好しきを覚え

対此弥将世事軽  此に対して弥(いよい)よ将って 世事を軽んず

紅樹青山只如昨  紅樹 青山 只昨の如きも

長安拝免幾公卿  長安 拝免す 幾公卿

 

この放翁じいさんが病床よりおきて、門を出てゆくと、糸を紡いでいる娘は籬から覗いて挨拶し、牧童が迎えてくれる。

酒が粥のように濃いので祭が近づいたのだなと知り、麦餅が皿のようにでかいのでこの秋は豊作だと喜ぶ。

この村に帰ってきて以来、人情のよさをしり、一方いよいよもって世間の煩わしさを軽んじる。

紅葉した木々、青々とした山々は以前のままだが、都では何人の大臣が任免されたことやら。

*麭:実際はバクニョウに并(麦で作られた食品)と書かれています。

 

 

秋思 四首 其三

 84歳の秋の詩。

 

稽山九十翁  稽山 九十の翁

病起無気力  病より起きて 気力無し

擁杖牧鶏豚  杖を擁して 鶏豚を牧す

乃是老人職  乃ち是 老人の職

一盃芋糝羹  一盃 芋糝の羹

孫子喚翁食  孫子 翁を喚びて食らわしむ

既飽負朝陽  既に飽かば 朝陽を負い

自愧爾何徳  自ら愧ず 爾(なんじ)何の徳ぞと

 

会稽山のふもとの九十の爺さん。病み上がりで気力がない。

杖をたよりに鶏や豚の世話。これこそ年寄りの仕事だ。

一杯の芋と粉米の汁物。孫がじいちゃんを呼びに来て食べさせてくれる。

腹一杯になると、朝陽を背中に日向ぼっこ。何の徳があってこんないい目に逢うのかと恥ずかしくなる。

 

参考図書

 陸游詩選 一海知義編 岩波文庫

 

 

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