2010年11月 

薩都刺 燕姫曲

 先月、薩都刺の詩を紹介しましたが、季節は異なりますが情緒溢れる詩を外してしまいました。何となく無骨な詩人と思っていましたがこんな艶めかしい詩も作れるんですね。

        

燕京女児十六七  燕京の女児 十六七

顔如花紅眼如漆  顔は花紅の如く 眼は漆の如し

蘭香満路馬塵飛  蘭香 路に満ちて 馬塵飛び

翠袖籠鞭嬌欲滴  翠袖 鞭を籠めて 嬌滴たらんと欲す

春風淡蕩揺春心  春風 淡蕩として 春心を揺らし

錦箏銀燭高堂深  錦箏 銀燭 高堂深し

繍衾不暖鴛鴦夢  繍衾 暖ためず 鴛鴦の夢

紫簾垂霧天沈沈  紫簾 霧を垂れて 天沈沈

芳年誰惜去流水  芳年 誰か惜しむ 流水と去るを

春困著人倦梳洗  春は人を困著して 梳洗の倦かしむ

夜来小雨潤天街  夜来の小雨 天街を潤し

満院楊花飛不起  満院の楊花 飛んで起たず

 

燕京(北京)の娘は年が十六七、顔は花のように紅く眼は漆のように真っ黒。

蘭の香りを道一杯に薫らせて馬の埃を飛び散らせている。翠の袖に鞭を包んで、その艶やかさは水も滴らんばかり。

春風がのどかに吹いて春の心を揺り動かし、錦の琴の響き、銀の燭台の光が奥座敷に籠められる。

鴛鴦の刺繍のある蒲団も彼女の夢を温めてはくれず、紫の簾の外には霧が立ちこめて夜空は黒々としている。

流れる水と共に去るこの花の年頃を誰が惜しんでくれようか。春は人を眠気に誘い化粧も面倒だ。

昨夜からの小雨が都大路を潤し、中庭一杯の楊の綿も舞い飛ぶことはできぬ。

 

参考図書

   中国の名詩鑑賞 9 元・明詩 福本雅一編 明治書院 

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