2011年6月
伊達政宗
五月中旬、所用で松山に行ったついでに、家内と宇和島を観光してきました。朝ゆっくり松山を出て、その日のうちに大阪まで帰ったので、宇和島城、伊達博物館、天赦園をみて名物の鯛飯の昼食を食べたくらいのものでした。
宇和島は伊達政宗の長子、秀宗が藩祖である宇和島藩10万石の城下町ですが、西に海、東にはすぐ鬼ヶ城山系が迫っている小盆地にあります。小山の上の天守閣から眺めるとのどかで風光明媚な小都市です。
天赦園は第7代藩主宗紀(宗城の義父)が作った小さいながら美しい回遊式庭園です。藤の名所とのことですが、残念ながら花はもう終わっていました。天赦園の名は先祖、伊達政宗の有名な漢詩から採ったものです。戦国武将の漢詩といえば以前上杉謙信の詩を紹介していますが、この政宗も詩人としてなかなかのものです。あと、武田信玄、直江兼続なども詩人として知られています。
それで今回は伊達政宗の詩を紹介します。
酔余口号
馬上少年過 馬上 少年過ぐ
世平白髪多 世平らにして 白髪多し
残躯天所赦 残躯 天の赦す所
不楽復如何 楽しまずんば 復た 如何せん
少年というのは現代の感覚よりも大分年長までを指しているようです。孔子が「三十にして立つ」といっていますが、二十代は独立前の少年ということでしょうか。
結句は「楽しまず、復いかんせん」と読んで現状の不満を詠っていると解釈するむきもありますが、それでは転句の「天の赦す所」とつながりが悪いと思います
春寒
余寒未去発花遅 余寒 未だ去らず 花の発くこと遅し
春雪夜来重積時 春雪 夜来 重積の時
信手聊斟数杯酒 手に信せて 聊か斟む 数杯の酒
酔中独楽有誰知 酔中の独楽 誰の知ることか有らん
偶成
邪法迷邦唱不終 邪法 邦を迷わし 唱えて終らず
欲征蛮国未成功 蛮国を征せんと欲して 未だ功を成さず
図南鵬翼何時奮 図南の鵬翼 何れの時か奮わん
久待扶揺万里風 久しく待つ 扶揺 万里の風
邪法(キリスト教)がこの日本を迷わせており、その布教活動は止むことを知らない。南蛮の国を征伐しようと思うが、まだその機会がない。
「荘子」の説話にある北海の大鵬が南に向かって飛び立とうとその翼を奮う時は何時であろうか。もう長い間その翼を持ち上げる万里の大風を待っているのだが。
参考文献
日本百人一詩 土屋久泰編 砂子屋書房 昭和18年