2011年11月  夏目漱石 死の床で晩秋を詠う
 漱石は49歳の大正五年八月から十一月(死去の二十日前)まで、一日一を日課として漢詩を作り続ける。主に七言律詩である。最後の詩は以前(2000.11)に紹介済み。
今回の詩は連作第五十一首目で十月九日作のものである。

無題

詩人面目不嫌工  詩人の面目 工を嫌わず
誰道眼前好悪同  誰か道(い)う 眼前 好悪同じと
岸樹倒枝皆入水  岸樹 枝を倒して 皆な水に入り
野花傾萼尽迎風  野花 萼を傾けて 尽く風を迎う
霜燃爛葉寒暉外  霜は爛葉を燃やす 寒暉の外
客送残鴉夕照中  客は残鴉を送る 夕照の中
古寺尋来無古仏  古寺 尋ね来れば 古仏無く
独立断橋東  (つえ)に倚りて 独り立つ 断橋の東

無技巧が最善などというが、詩人の面目は技巧を凝らすことにある。目の前を好いものと悪いものが通り過ぎるがどっちも同じなどと馬鹿なことをいうのは誰か。

(この二つの対句は漱石の詩の中でも最も優れたものだろうと吉川孝次郎は解説している。)

古寺を尋ねてきたが荒れ果ててもう仏像もなく(?)、杖に寄りかかって独り壊れた橋の東に立ち尽くす。

参考文献
 漱石詩注 吉川孝次郎著 岩波文庫

 

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