望郷 「帰らむと曰い、帰らむと曰い」
 清代の詩を読んでいると、「曰歸曰歸」という句が出てきました。以前読んだ土屋竹雨の詩にもあったのを思い出しました。どうやら元は詩経小雅にあるようです。

詩経小雅 「采薇」

采薇采薇  薇(び)を采(と)り 薇を采る
薇亦作止  薇も亦 作(生)いたり
曰歸曰歸  歸らんと曰い 歸らんと曰う
歳亦莫止  歳も亦 莫(暮)れん
靡室靡家  室靡(な)く 家靡し
玁狁之故  玁狁(げんいん)の故なり
不遑啓居  啓居するに遑(いとま)あらず
玁狁之故  玁狁の故なり

ワラビを採ろうワラビを採ろう、ワラビが出てきたぞ。
帰りたい帰りたいと言っているうちに今年も暮れてしまうのだろう。
家族と別れ別れになっているのは匈奴のせいだ。
家でのんびり暮らせないのは匈奴のせいだ。

采薇采薇  薇(び)を采(と)り 薇を采る
薇亦柔止  薇も亦 柔らかなり
曰歸曰歸  歸らんと曰い 歸らんと曰う
心亦憂止  心 亦 憂う
憂心烈烈  憂心烈烈
載飢載渇  載(すなわ)ち飢え 載ち渇(かわ)く
我戍未定  我が戍(じゅ) 未だ定(や)まず
靡使歸聘  歸聘(きへい)せしむるものなし

ワラビを採ろうワラビを採ろう、ワラビが柔らかくなってきたぞ。
帰りたい帰りたいと言っていると心が憂いに満たされる。
憂いの心は激しくて、飢えや渇きにも似ている。
私の辺境の守りの任務は終わらず、帰って家族の安否を知るすべもない。

采薇采薇  薇(び)を采(と)り 薇を采る
薇亦剛止  薇も亦 剛し
曰歸曰歸  歸らんと曰い 歸らんと曰う
歳亦陽止  歳も亦 陽(神無月)なり
王事靡盬  王事盬(もろ)きこと靡(な)し
不遑啓處  啓處(けいしょ)するに遑(いとま)あらず
憂心孔疚  憂心 孔(はなはだ)疚(病)む
我行不來  我 行きて來(か)えらず

ワラビを採ろうワラビを採ろう、ワラビが硬くなってきたぞ。
帰りたい帰りたいと言っているうちに今年ももう十月だ。
公のことはゆるがせにはできぬし、家でのんびりしては居られぬ。
心は憂いで病気のようだが、私は遠征から帰ることはできぬ。

後略(まだ続きますが、以後は省略します)


曾国藩 「早発武連駅憶弟」 (早に武連駅を発し、弟を憶う)
 曾国藩(1811-1872)は太平天国の乱の鎮圧に功があった官僚。

朝整駕趁星光  朝朝 駕を整えて 星光を趁(お)い
細想吾生有底忙  細やかに想う 吾が生 底(なん)の忙しきこと有るかと
疲馬可憐孤月照  疲馬 憐れむ可し 孤月の照らすを
晨雞一破萬山蒼  晨雞 一たび破る 萬山の蒼きを
曰歸曰歸歳云暮  歸らんと曰い歸らんと曰い 歳云(ここ)に暮る
有弟有弟天一方  弟有り弟有り 天の一方
大壑高崖風力勁  大壑 高崖 風力勁し
何當吹我送君旁  何(いつ)か當に 我を吹いて 君の旁らに送らん

朝な朝な乗り物を整えて星の光を追って進んで行き、どうしてこんなに慌ただしい生涯を送っているのかと考え込む。
疲れた馬を照らす一輪の月の光が痛ましく、暁の鶏の鳴き声が静寂を破って山々の深い緑が姿を現す。
帰ろう帰ろうと言っているうちに今年も暮れようとしている。弟よ弟よ、君はこの大空の反対のほうにいる。
深い谷、高い崖に風は強い力で吹いてくる。この風はいつになったら私を君の旁らまで吹き送ってくれるのだろう。

土屋竹雨 「故国」
 土屋竹雨については、原爆行(2008.08)の作者として紹介済みです。

故国山水多清暉  故国の山水 清暉多し
曰歸曰歸猶未歸  歸らんと曰い歸らんと曰い 猶未だ歸らず
一夜夢乗皓鶴背  一夜 夢に皓鶴の背に乗り
遠向名月峰頭飛  遠く名月峰頭に向いて飛ぶ

故郷、庄内の地の山水は清らかな光に満ちている。帰ろう帰ろうと言いながらまだ帰ることはできないでいる。
ある夜の夢に白鶴の背に乗って、遠く月明かりの月山の頂上に向かって飛んでいったことよ。

参考図書
 http://mokusai-web.com/shushigakukihonsho/shikyou/shikyou_2_shouga_main.html
 詩経 海音寺潮五郎訳 中公文庫
 漢詩大系 清詩選 近藤光男 集英社
 故国山水 -庄内賛歌- 致道博物館

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