2013年9月 陶淵明「飲酒」
 陶淵明の飲酒は其五を以前に紹介(2000.06)しましたが、なかなか深遠で現代人が理解するのは難しいですね。彼の生きた南北朝時代は権力闘争・戦乱が絶えず大変生臭い時代でしたが、一方、清談といって世俗を離れた哲学的な議論が流行した時代でもありました。そのあたりの事情は「世説新語」を読むとよく分かります。そういった雰囲気が阮籍の「詠懐詩」(2002.10)や陶淵明の詩を生んだのでしょうか。

其七
秋菊有佳色  秋菊 佳色有り
其英  露を(まと)うて 其の英を(と)る
汎此忘憂物  此の忘憂の物に汎(う)かべて
遠我遺世情  我が世を遺(わす)るるの情を遠くす
一觴雖獨進  一觴 独り進むと雖も
杯盡壺自傾  杯尽きて 壺自ら傾く  
日入群動息  日入りて 群動息(や)み
帰鳥趨林鳴  帰鳥 林に趨(おもむ)いて鳴く
嘯傲東軒下  嘯傲(しゅうごう)す 東軒の下
聊復得此生  聊(いささ)か復た 此の生を得たり

秋の菊がきれいな色に咲いている。露をつけたその花びらを採り、愁いを忘れるという酒に浮かべて、世俗を離れた私の思いをいっそう深くするようだ。
一杯の酒を一人でちびりちびりと飲んでいるが、杯が空になると自然と徳利を傾ける。
陽が沈むと全ての動きが止んで静かになり、ねぐらに帰る鳥も鳴きながら林へと向かっている。
私も東の軒下で伸び伸びとうそぶく。そうすると今日も一日充分に生きたという気がする。
嘯:此の時代の人は口をすぼめて長く声を出すのを好んだようです。

其八
青松在東園  青松 東園に在り
衆草没其姿  衆草 其の姿を没するも
凝霜殄異類  凝霜 異類を殄(つ)くさば
卓然見高枝  卓然として高枝を見(あら)わす
連林人不覚  林に連なりては 人覚らず
獨樹衆乃奇  独樹 衆乃ち奇とす
提壺挂寒柯  壺を提げて 寒柯に掛け
遠望時復為  遠望 時に復た為す
吾生夢幻間  吾が生 夢幻の間
何事紲塵羈  何事ぞ 塵羈に紲(つな)がる

庭の東に青々とした松が生えているが、草が一杯生えていてその姿は見えない。
しかし、霜が降って他の草木を根絶やしにすると、すっきりと高い枝が現れる。
また、林の中に混じっていると人は気がつかないが、一本松になると人々は素晴らしいものと見なす。
徳利をさげて来て冬枯れの枝にかけ、時々は遠くからこの松を眺める。
私の夢幻のような人生、なんで世俗との絆につながれていようか。


参考図書
 陶淵明全集 松枝茂夫・和田武司訳注 岩波文庫




 

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