辺境の春
岑参 苜蓿烽寄家人
苜蓿烽辺逢立春 苜蓿(もくしゅく)烽辺 立春に逢い
胡蘆河上涙沾巾 胡蘆(ころ)河上 涙 巾を沾す
閨中只是空相憶 閨中 只だ是れ 空しく相憶わんも
不見沙場愁殺人 沙場の人を愁殺するを見ず
苜蓿烽:玉門関の外にあった烽火台
胡蘆河:玉門関の外の砂漠地帯を流れる河
苜蓿烽の辺りでちょうど立春に逢い、胡蘆河のほとりでハンカチを涙で湿らせた。
あなたはいま閨の中で、いたずらに二人の思い出にふけっていようが、まさかこの砂漠がこれほど人を愁いに沈ませるとは気付いていないでしょうね。
張敬忠 辺詞
五原春色旧来遅 五原の春色 旧来遅し
二月垂楊未挂糸 二月 垂楊 未だ糸を挂けず
即今河畔氷開日 即今 河畔 氷開く日は
正是長安花落時 正に是れ 長安 花落つる時
五原:内モンゴル五原県付近
辺境の五原に春のやってくるのは元々遅い。二月というのにまだ柳は芽吹かない。
ちょうど今、黄河の畔の氷が溶け始めた日であるが、長安ではもう花が散る頃だろう。
李益 過五原胡児飲馬泉
緑楊著水草如煙 緑楊 水に著いて 草 煙の如し
旧是胡児飲馬泉 旧と是れ 胡児飲馬泉
幾処吹笳明月夜 幾処か 笳を吹く 明月の夜
何人倚剣白雲天 何人ぞ 剣に倚る 白雲の天
従来凍合関山道 従来 凍合す 関山の道
今日分流漢使前 今日 分流す 漢使の前
莫遣行人照容鬢 行人をして容鬢を照らさ遣(し)むる莫かれ
恐驚憔悴入新年 恐らくは驚かん 憔悴して新年に入りしに
緑の柳の枝が泉の水に垂れ、萌え出た草は霞のようだ。元々ここはえびすの者が馬に水をやった泉なのだ。
名月の夜には処処から胡笳を吹く音が聞こえてくる。白雲の浮かぶ空の下で剣を杖にして立っているのは誰だろう。
今までは泉の水も凍り付いて関山を越える道も閉ざされていが、今日は朝廷の使者の前を幾筋にも分かれて流れている。
しかし、泉よ、旅人に顔や髪を映させてはいけない。おそらくはやつれ果てて新年を迎えたことに驚くだろうから。
参考文献
中国文学歳時記 黒川洋一他編 同朋舎
唐詩選 前野直彬注解 岩波文庫