化政時代の女流詩人
 文化文政時代は田舎の農民まで知的好奇心の高まりが見られた時代ですが、それにつれて漢詩も全国的に流行します。今回はその時代に活躍した女流詩人を紹介します。

江馬細香
 
彼女については2004年2月に紹介しております。

題京城客舎壁   京城客舎の壁に題す
寓慣東楼意更新  東楼に寓し慣れて 意更に新たなり
京城客枕已三旬  京城の客枕 已に三旬
最憐簾外新帰燕  最も憐れむ 簾外 新帰の燕
錯認吾儂為主人  錯って吾儂(われ)を認めて 主人と為す


この東楼の仮住まいに慣れて一層親しみが感じられる。もう京都の旅暮らしも三十日になる。
なかでもいじらしいのは簾の外に帰ってきたばかりの燕。私のことをここの主人と勘違いしている。
細香36歳の時の作


夏夜
碧天如水夜清涼  碧天 水の如く 夜清涼
月透青簾影在觴  月は青簾を透りて 影は觴(さかずき)に在り
細酌待人人不到  細酌 人を待つも 人到らず
一繊風脚素馨香  一繊の風脚 素馨(そけい)香る

青い空が水のように澄んで清く涼しい夜。月が青簾を通して影が杯に映る。
人を待ちながら少しお酒を飲んでいるけれど、待ち人はやってこない。微かな風のあとジャスミンの香りが漂ってくる。 細香、59歳


原采蘋
 秋月藩の儒者・原古処の娘として生まれ、父の薫陶を受けて育ちます。父が失脚してときも彼に従って諸国放浪します。父の死後も全国を渡り歩いて、生涯独身を貫きました。
 安政5年没、62歳


偶成
久客将行掩鏡奩  久客 将に行かんとして 鏡奩(きょうれん)を掩う
吹煙閑坐落花簷  吹煙 閑坐す 落花の簷
慣看山色関離別 慣れ看し山色 離別に関す
已到黄昏不下簾  已に黄昏に到るも 簾を下ろさず


久しく滞在していたが、また出立しようと鏡箱を包む。もやが漂う中、花散る縁側に腰を下ろす。
すっかり見慣れた山の景色が別れの情を引き起こし、もう黄昏になったがすだれも下ろさずに眺めている。31歳の作。


梁川紅蘭
 梁川星巌の妻。夫に従って全国を放浪します。勤王の志士であった星巌は安政の大獄の直前にコレラで急死しますが、彼女はそのとばっちりで入獄しました。明治12年、76歳没。

嵐山帰路
寂寂残花三里村  寂寂たる残花 三里の村
暮霞光斂月黄昏  暮霞 光斂(おさ)まりて 月黄昏
不知吾亦流形者  知らず 吾も亦 流形の者なりしを
看尽天機消長痕  看尽す 天機消長の痕

散り残りの寂しげな桜の花の下を三里の村路を歩いて帰る。夕焼けの光も消えて黄昏の月が浮かぶ。
今まで気づかないでいたが、私もまた不変のものではなく時と共に移ろいゆくものなのだ。今日ここに、造化の働きによって生じては消える移ろいの痕を見尽くした思いがする。紅蘭50歳の作。

参考図書
 江戸漢詩選 女流 福島理子注 岩波書店農村 春の喜び



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