服部南郭
江戸中期の代表的詩人、服部南郭は古文辞学の荻生徂徠の高弟です。古文辞学は「文は必ず秦漢、詩は必ず漢魏盛唐」を標榜して、唐詩に倣った詩を作りました。その中では、南郭の詩は最も優れたものでしょうが、宋詩の好きな私から見るとちょっと作りすぎた臭い詩という感が強いですね。
中秋独酌
独酌蕭条対玉壺 独酌 蕭条として玉壺に対す
誰憐静夜満江湖 誰か憐れまん 静夜 江湖に満つるを
人間老去氷心冷 人間 老い去っては 氷心冷かに
天上秋来月色孤 天上 秋来たって 月色孤なり
相照白頭看掛鏡 白頭を相い照らして鏡を掛くるを看
還臨赤水愛沈珠 還た赤水に臨みて珠の沈むを愛す
不知此夕城中客 知らず 此の夕 城中の客
回首雲霄一憶無 雲霄を回首して 一たび憶うや無からんや
独りもの寂しく酒を酌んでいる。この江湖(郊外)の地にひろがる静かな夜の気配を私以外に誰がしみじみと感じていようか。
人の世で老いを迎えた私の心は氷のように冷ややかに澄んでいて、天上では秋となり月が冴えわたっている。
その月は白髪頭を照らす鏡のように天上にかかり、また赤羽川の水に沈む真珠のように愛おしく映っている。
この夕べ、江戸の町中の友は雲のかかる空を見上げて私のことに思いを寄せてくれているだろうか。
この詩は明らかに以前に紹介した王昌齢の「芙蓉楼送辛漸」(1999.09)を意識して詠まれていますね。しかし、ちょっと付けすぎですね。
夜下墨水 夜下墨水
金龍山畔江月浮 金龍山畔 江月浮び
江揺月湧金龍流 江揺れ月湧いて 金龍流る
扁舟不住天如水 扁舟住まらず 天 水の如し
両岸秋風下二州 両岸の秋風 二州を下る
浅草寺にある金龍山の畔、隅田川は月を浮かべて流れている。川面が波立ち月が湧き出すようで、まるで黄金の龍が流れ下っているようである。
小舟は止まることなく進み、天と水は区別がつかぬ。両岸を吹き渡る秋風の中、武蔵の国と下総の国の間を下ってゆく。
南郭のこの詩はよく知られているようですが、近体詩としては平仄に合わない点があります。また「金龍流」は平声が続く下三平で、近体詩が最も忌む禁則を犯しています。七言古詩と言うべきでしょうかね。
流蛍編
珠簾白露玉階光 珠簾 白露 玉階の光
添得秋蛍夜正涼 秋蛍を添え得て 夜正に涼し
点点随風流不定 点点 風に随いて 流れて定まらず
亦追高樹入昭陽 亦た高樹を追って 昭陽に入る
珠の簾、白く光る露、玉の階に映る月光。そこに秋の蛍を加えて秋の夜は正に涼しげだ。
ポツリポツリと風に吹き流されて行方定めず、昭陽殿を囲む高い木々に向かって飛んで行く。
昭陽殿:漢代の王宮、成帝の寵を受けた趙飛燕が住んだ。
参考図書
江戸詩人選集 第三巻 山本和義・横山弘注 岩波書店