2015年09月
劉克荘
陸游、楊万里といった大詩人も去った南宋も終わりの頃、江湖派と呼ばれる一群の詩人が現れます。江湖とは民間の意で、多くは官途に就いていない人達であった。中には高官の間を渡り歩いて謝礼をもらう職業詩人もいた。劉克荘は江湖派の代表的詩人であるが、例外的に官僚としてかなり高位のに至っている。
江戸期化政時代に市河寛斎が江湖詩社を結成したのも、南宋の江湖派を意識してのことであろう。
出城 (城を出ず)
小憩城西売酒家 小憩す 城西の酒を売る家
緑陰深処有啼鴉 緑陰 深き処 啼鴉有り
主人嘆息官来晩 主人 嘆息す 官の来ること晩(おそ)く
謝了酴醾一架花 謝(ち)り了(おえ)ぬ 酴醾(とび)の一架の花
(後半)酒屋の主人が嘆息して言うには、お役人様が来るのが遅かったので、満開だった一棚の酴醾の花も散り果てましたよと。(酴醾には上等の酒の意味もあるので、旨い酒が売り切れたことをかけているのかも知れない)
酴醾:トキンイバラ、ボタンイバラ。バラ科の落葉低木、24花信風の23番目。