2016年06月

蘇軾 連雨江漲 二首
 蘇軾は59歳の時、広東省恵州へ流されます。ここは珠江の支流、東江の岸にある町で、いわゆる珠江デルタ地帯の一角を占め、低湿な場所のようです。ここで62歳で海南島に移されるまで過ごします。

其一
越井岡頭雲出山  越井岡(えっせいこう)頭 雲山を出で
牂牁江上水如天  牂牁江(ぞうかこう)上 水天の如し
床床避漏幽人屋  床床 漏を避く 幽人の屋
浦浦移家蜑子船  浦浦 家を移す 蜑子(たんし)の船
龍卷魚蝦并雨落  竜は魚蝦を卷いて 雨と并(とも)に落ち
人隨雞犬上牆眠  人は雞犬に隨いて牆に上りて眠る
秖應樓下平階水  秖(た)だ応に 楼下 階に平らかなる水をもって
長記先生過嶺年  長(とこし)えに記すべし 先生の嶺を過ぎし年を


越井岡(広州市の北にある丘陵)の上に雲がもくもくとわき出で、牂牁江(珠江の支流・西江)のあたりは水が天のように拡がっている。
雨漏りを避けてベッドをあちこちと移動させてもどうしようもない隠者の住まい、それに引き替え水上生活者の蜑民の船は浦々を自由に移動している。
竜巻が魚やエビを巻き上げ、それが雨とともに落下して来、人々は鶏や犬に随って土塀の上に上って眠る。
この洪水は二階へ上がる階段についた水のあとで、東坡先生が五嶺を越えてこの嶺南へやってきた年だと記憶されるだろう。

其二
急雨蕭蕭作晚涼  急雨 蕭蕭 晚涼を作す
臥聞榕葉響長廊  臥して聞く 榕葉の 長廊に響くを
微明燈火耿殘夢  微(すこ)しく明らかなる燈火 殘夢は耿(こう)たり
半濕簾帷浥舊香  半ば湿(ぬ)れし簾帷 旧香浥(うるお)う
高浪隱床吹甕盎  高浪 床に隱(ひび)きて 甕盎(おうおう)を吹き
暗風驚樹擺琳琅  暗風 樹を驚かして 琳琅を擺(ゆす)る
先生不出晴無用  先生 出でざれば 晴るるも用無し
留向空階滴夜長  留めて空階に向いて 夜の長きに滴(したた)れ

激しい雨がザアザアと降ってきて、夕方の涼しさをもたらした。寝転んでガジュマルの葉の風に騒ぐ音が廊下に響くのを聞いている。
微かな灯火な明かりと、夢の名残の一瞬の輝き。半ば濡れたすだれやカーテン、古い香のかおりも湿り気を帯びている。
高波がベッドに響いてきて水がめや皿にしぶきを飛ばし、暗闇に吹いてきた風が木々を驚かせて、硬玉をゆする音がする。
東坡先生は幽閉の身で外に出ることは出来ないのだから、たとえ晴れても無用のこと。むしろ雨が止まずに人気の無い階段に一晩中雨だれの音を聞かせてくれ。

参考図書
 中国詩人選集 二集 蘇軾 下 小川珠樹注 岩波書店