2016年10月
秋 菅茶山
 久しぶりに管茶山を取り上げますが、だいぶ長い間やっていますので、昔のことはだいぶ忘れています。それで重複して紹介するかも知れませんが、ご容赦を。
 以下の茶山の詩は、どれも日常に見聞きした情景を何気なく詠っています。こういう詩が自在に作れれば云うことないのですが。

江村秋事(七首のうち一首)

晩稲纔収野靄虚  晩稲 纔かに収めて 野靄虚なり
村墟罷市転蕭疏  村墟 市を罷めて 転(うた)た蕭疏
竹編橋畔楓林下  竹編橋畔 楓林の下
漁老停舟売雑魚  漁老 舟を停めて 雑魚を売る


おくての稲をやっと収穫し終える頃、夕もやが立ち籠めた野が虚ろにひろがる。村里では市が終わりひっそりとしている。
竹で編んだ橋のほとり、楓の林のもとでは、老漁師が舟を停めて雑魚を売っている。


采蕈三首(其の二)

枯卉掀泥蘚気陽  枯卉もて泥を掀(は)ぬれば 蘚気陽(さかん)なり
落釵埋径露華香  落釵 径を埋めて 露華香る
心知此処多尤物  心に知る 此の処 尤物多しと
先掃松根安竹筐  先ず松根を掃いて 竹筐を安(お)く


枯れ枝で泥を払うと、プンと松茸の生えている気配がして、路を埋めているかんざしのような松葉の先の露まで香っている。
ここにはきっとでかいやつが生えているに違いない。まず松根をはらって竹カゴをそっと置く。

以前、采蕈三首(其の一)を紹介していますが、これはその次の詩です。


山行書所見三首(其の二)

醒風吹霧下層巒  醒風 霧を吹いて 層巒を下り
狼跡重重路不乾  狼跡 重重 路乾かず
近有群兇刃新婦  近ごろ群兇の新婦を刃(じん)する有り
輿丁遙指一荘看  輿丁 遙に一荘を指して看せしむ


生臭い風が霧を高い峰から吹き下ろしてくる。狼の足跡が幾重にも重なって消えずに残っている。
近頃、この辺りで狼の群れが新妻を襲って傷つけたと、駕籠かきが遠くの村を指さして教えてくれた。

これは秋とは決められませんが、何となく晩秋の雰囲気ですね。

参考文献
 江戸詩人選集 第四巻 黒川洋一注 岩波書店
 江戸時代 田園漢詩選 池澤一郎著 農山漁村文化協会