2017年05月
陸游 晩春感事
 「一海知義の漢詩道場」という本があります。神戸大学名誉教授の一海先生がお弟子さんを集めて陸游の詩を輪読した記録を本にしたものです。漢詩の解釈をする上で大変参考になります。詩の鑑賞という点では少しもの足らないところはありますが、その基本となる用語の精細な解釈、典故の検索など勉強になる点が多々あります。今回はその中から二首選んで紹介します。

晩春感事 四首
其三
徙倚䦨干送落暉  䦨干に徙倚(しい)して落暉を送れば
年華冉冉恨依依  年華 冉冉(ぜんぜん) 恨 依依たり
䕶雛燕子常更出  雛を䕶る燕子 常に更(こもご)も出で
著雨楊花又嬾飛  雨を著くる楊花 又飛ぶに嬾し
己為讀書悲眼力  己に読書の為に眼力を悲しみ
還因攬帶歎腰圍  還た帶を攬(と)るに因りて腰囲を歎ず
親朋半作荒郊冢  親朋 半ばは荒郊の冢と作り
欲話初心淚滿衣  初心を話らんと欲して 淚衣に満つ


欄干を行きつ戻りつして夕陽を見送れば、流れていった歳月の悔恨の情はいつまでもまとわりつく。
雛を育てる燕は代わる代わる巣を出入りし、雨を含んだ柳のわたはなかなか飛ぼうとしない。
読書すると眼の衰えが悲しく、帯を手に取れば腰回りの痩せたのが嘆かわしい。
肉親朋友も半ばは郊外の荒れた墓の中、初心(若い頃に抱いた国土回復の志?)を語ろうとすれば、涙が衣を濡らすばかりだ。

其四
少年騎馬入咸陽  少年 馬に騎りて 咸陽に入る
鶻似身輕蝶似狂  鶻の身の輕きに似 蝶の狂に似たり
蹴鞠塲邉萬人看  蹴鞠場辺 万人看
鞦韆旗下一春忙  鞦韆旗下 一春忙なり
風光流轉渾如昨  風光 流転 渾(すべ)て昨の如く
志氣低摧只自傷  志気 低摧して 只自ら傷む
日永東齋淡無事  日永く 東斎 淡として事無く
閉門埽地獨焚香  門を閉ざし 地を埽いて 独り香を焚く


若い時、馬に乗って都に出て来たものだった。隼のように身は軽く、狂った蝶のように飛びまわっていた。
蹴鞠の競技場では万人の見る中で活躍し、ブランコの旗の下、ひと春を遊び回ったものだ。あれから人生は流転したが、風光はただ昨日のようだ。しかし若い頃の志気は砕け散って今はただ悲しむのみ。
日長の一日、東の書斎に籠もって何事もなく、門を閉ざして床を掃除して一人静かに香を焚く。

参考文献
 一海知義の漢詩道場 一海知義編 岩波書店