2017年09月
ドイツの森鴎外
 夏目漱石の漢詩は今までに何度か紹介してきましたが、森鴎外も生涯に二百数十首の漢詩を残しています。鴎外の漢詩は漱石のように深い禅味のある特徴的なものとは違い、明治時代の一般的な漢詩といったところでそれほど上手いものではないような気がします。
 鴎外は22歳から4年間ドイツに留学します。その間の若い時の漢詩を紹介します。

路易二世     ルードヴィッヒ二世

当年向背駭群臣  当年の向背 群臣を駭(おどろ)かせ
末路悽愴泣鬼神  末路の悽愴 鬼神を泣かしむ
功業千秋且休問  功業 千秋 且(しばら)く問うを休めよ
多情偏是愛詩人  多情 偏えに是れ 詩を愛する人なればなり

かつては、外交上色々問題を起こして並み居る臣下を驚かせたが、その末路の凄惨さは鬼神をも泣かせるほどだった。
その政治的業績がいつまでも称えられるほどのものだったかは、今は問うまい。心が動かされやすかったのは彼が詩人の心を持っていたからだろう。

鴎外はミュンヘン滞在中に友人と郊外のスタインベルク湖に遊んだ。その3ヶ月前にバイエルン国王のルードヴィッヒ二世がこの湖で溺死体で発見されている。

詠柏林婦人七絶句 柏林(ベルリン)の婦人を詠む 七絶句

其五 家婢

效顰主婦曳長裳  顰(ひそみ)に效いて 主婦のごとく長裳を曳き  
途遇尖鍪百事忘  途に尖鍪(せんぼう)に遇いて百事忘る
誰識庖中割羊肉  誰か識らん 庖中 羊肉を割きて
先偸片臠餽阿郎  先ず片臠(へんれん)を偸みて阿郎に餽るとは

似合いもしないのに、奥様のマネをして長いスカートをはいて出かけ、道で兜をかぶった若い軍人さんを見かけると忽ち用事を忘れてしまう。
誰も知るまい。台所で羊の肉を切ると、まずは一切れ盗んで愛しい人に食べさせてやっているとは。

其六 私窩児

二八早看顔色衰  二八 早くも看る 顔色の衰えるを
堪驚絳舌巧譏訾  驚くに堪えたり 絳舌もて 巧みに譏訾(きし)するを
柏林自有殊巴里  柏林 自ら有り 巴里に殊なるを
唯売形骸不売媚  唯だ形骸を売りて媚を売らず

花の盛りの十六歳というのにもう顔つきは老け込んで見える。しかしこの歳で毒舌を吐いて男を巧みに罵っているのは驚くばかりだ。
同じ娼婦でもベルリンはまた巴里とは違っている。こちらの娼婦は体は売っても、媚びまでは売ろうとしない。

参考図書
 鴎外歴史文学集 第十二巻 古田島洋介注 岩波書店