2018年01月
老放翁の冬
 陸游は52歳で一旦隠居し年金生活に入り、放翁と号します。その後も79歳まで官についたり田舎に引っ込んだりを繰り返しますが、生活は楽ではなかったようです。79歳以降は85歳で死去するまでの最晩年は故郷で暮らします。以下の詩はその頃のものです。

冬夜思里中多不済者愴然有賦
 (冬夜 里中に済(すく)われざる者多きを思い 愴然として賦有り)

大耋年光病日侵  大耋(だいてつ)の年光 病 日に侵し
久辞微禄臥山林  久しく微禄を辞して 山林に臥す
雖無嘆老嗟卑語  老を嘆き 卑しきを嗟く語無しと雖も
猶有哀窮悼屈心  猶 窮を哀れみ 屈を悼む心有り
力薄不能推一飯  力薄くして 一飯を推(すす)む能わざるも
義深常願散千金  義深くして 常に千金を散ぜんと願う
夜闌感慨残燈下  夜闌にして 感慨す 残燈の下
皎皎孤懐帝所臨  皎皎たる孤懐 帝の臨む所なり

八十年の歳を重ねて、病は日日に進んでくる。僅かばかりの禄も辞退して久しく、隠居生活に入っている。
老いの身を嘆いたり卑しい身を歎いたりする言葉は一言も出さないが、窮乏の人を憐れみ抑圧された者を悼む心は持っている。
力が足りず一椀の飯も出すことは出来ないが、正義感は強く持っているならば千金をも義捐したいと思うのだ。
夜も更けて、細々とした灯火の下一人感慨に耽る。皎々と澄み切った私の思いは天帝も見そなわすだろう。


夜坐

家家績火夜深明  家家の績火 夜深に明るく
処処新畬雨後耕  処処の新畬(しんしゃ) 雨後に耕す
常媿老身無一事  常に媿ず 老身 一事無く
地壚堅坐聴風声  地壚に堅坐して 風声を聴くを

家々では糸を紡ぐ灯火が夜更けになっても明々として、所々に新たに開かれた田圃は雨のあと耕作が始まっている。
いつも恥じているのは、年寄りの身ですることが何も無く、囲炉裏の傍にじっと坐ってただ風の音を聞いていることだ。


幽居歳暮 五首 其三

老去転無事  老い去っては 転た事無く
室空惟一床  室空しくして 惟一床
臥時幽鳥語  臥する時 幽鳥語り
行処野花香  行く処 野花香る
巷北観神社  巷北に神社を観て
村東看戯場  村東に戯場を看る
誰知屏居意  誰か知る 屏居の意
不独為耕桑  独り耕桑の為ならず

年をとってからはすることが益々無くなってきた。部屋の中はがらんとしてベッドが一つあるだけだ。
寝転んでいると木の間隠れに鳥が鳴き、散歩に出れば野の花が香る。
巷の北では神社の祭りを見物し、村の東では芝居小屋を覗いてみる。
誰も知るまいが、こうやって隠居しているのは、ただ農作業をするためだけではないのだよ。

参考図書
 陸游詩選 一海知義編 岩波文庫