2018年08月
良寛 洪水の詩
今年は大変な水害に見舞われました。この国には昔から水害は数え切れないくらいありました。近年は水防設備も整い、もう大した水害は起こらないものと思っていましたが、自然の猛威は予測が付きませんね。
水害の詩はないかと調べてみると、良寛の詩が見当たりました。良寛さんですからこれは信濃川の洪水でしょう。これだけ長い詩を一韻到底で作っていますので、良寛の作詩の力も相当なものだったのですね。
良寛 寛政甲子夏 寛政甲子の夏
凄凄芒種後 凄凄たる芒種(ぼうしゅ)の後 もの寂しい梅雨の頃
玄雲鬱不披 玄雲 鬱として披かず 黒雲が厚く覆って開くことがない
疾雷振竟夜 疾雷 竟夜に振い 雷が夜中じゅう鳴り止まず
暴風終日吹 暴風 終日吹く 暴風が一日中吹いている
洪潦襄階除 洪潦(こうろう)階除に襄(のぼ)り 洪水がきざはしまで上がって来
豊注湮田菑 豊注 田菑(でんし)を湮(しず)む 大雨が田圃を埋めてしまった
里無童謡声 里に童謡の声無く 里には童謡の声も聞こえず
路無車馬帰 路に車馬の帰る無し 道には車馬の往来もない
江流何滔滔 江流 何ぞ滔滔(とうとう)たる 大川の流れはなんと盛んなことだろう
回首失臨沂 首を回らせば臨沂(りんぎ)を失う 振り返ってみると一面の水だ
凡民無小大 凡民 小大と無く 人々は大小と無く
作役日以疲 作役 日に以って疲る 一日中作業に出てクタクタだ
畛界知焉在 畛界(しんかい)焉くに在るを知らんや 田圃の境界は何処にあるやら
堤塘竟難支 堤塘 竟に支え難し 堤防もとうとう支えることが出来なかった
小婦投杼走 小婦 杼を投じて走り 若い女たちは機織りを止めて走り出し
老農倚鋤睎 老農 鋤に倚りて睎(のぞ)む 年取った農夫は鋤に寄りかかって眺めている
何幣帛不備 何の幣帛か備えざる どの神様にもお供えをし
何神祇不祈 何の神祇か祈らざる 何処の神様にもお祈りしなかったことがあろうか
昊天杳難問 昊天(こうてん) 杳として問い難く 空の様子は全く予想が付かず
造物聊可疑 造物 聊か疑うべし 神様も民を助けてくれるのかちょっと疑わしい
孰能乗四載 孰れか能く四載に乗じ 誰が四季の調節をして
令此民有依 此の民をして依る有らしむ 人民が頼りにすることが出来るのだろうか
側聴里人話 側に里人の話を聴けば かたわらの里人の話を聞くに
今年黍稷滋 今年 黍稷(しょしょく)滋く 今年はみのりがよく
人工倍居常 人工は居常に倍す なり物は例年の倍もあった
寒温得其時 寒温 其の時を得 暑さ寒さも時節通りだったので
深耕兮疾耘 深く耕し 疾く耘(くさぎ)る 深く耕すことが出来、草刈りも早く済んだ
晨往夕顧之 晨に往きて 夕に之を顧たりと 朝に田圃に行き、夕べにも見に行くことが出来たとの話だった
一朝払地耗 一朝 地を払いて耗(そこな)う それがたった一日でみんななくなった
如之何無罹 これ如何ぞ罹(うれい)無けんや これがどうして憂いがないと云えようか
参考図書
良寛詩集 大島花束、原田寛平訳注 岩波文庫