2009年11月 楊貴妃
中国で歴史上美人と称せられる女性はたくさんいますがその中でも第一に挙げられるのは楊貴妃でしょう。楊貴妃を詠った詩といえば白楽天の「長恨歌」ですが、これはここに取上げるのは長すぎます。
李白 「清平調詞 三首 其二」
宮中に咲いた牡丹を鑑賞している楊貴妃を歌にせよと玄宗から命ぜられた李白が二日酔に苦しみながらもたちどころに作ったといわれる。後にこの歌が原因で讒言に遇い、失脚することになったといわれる。
一枝紅艶露凝香 一枝の紅艶 露 香を凝らす
雲雨巫山枉断腸 雲雨 巫山 枉(むな)しく断腸
借問漢宮誰得似 借問す 漢宮 誰か似るを得たる
可憐飛燕倚新粧 可憐の飛燕 新粧に倚る
一枝の妖艶な牡丹が露に濡れて香を凝らしている。雲になり雨となって待っていると夢で楚王に契った巫山の女神は夢が覚めればただ断腸の思いを残すだけだが、現実の女神(楊貴妃)は目の前にいる。
ちょっとお尋ねするが、昔の美人揃いといわれた漢の後宮で誰が楊貴妃と比べられるであろうか。それはあの可愛い趙飛燕が化粧を凝らした姿であろう。
杜牧 「過華清宮絶句 其一」
長安廻望繍成堆 長安より廻望すれば 繍 堆を成す
山頂千門次第開 山頂の千門 次第に開く
一旗紅塵妃子笑 一旗の紅塵 妃子笑う
無人知是茘枝来 人の是れ茘枝の来ると知る無し
長安から振り返って遙かに眺めれば、華清宮の上にある驪山は錦繍の塊となっている。山頂にかけて並ぶ無数の門が次々と開かれる。
急使の騎馬が赤い土煙をあげて走ってくると、楊貴妃はニッコリとほほえむ。はるばると南の地から好物の茘枝が運ばれてきたとは誰も気がつかない。
高駢 「馬嵬駅」
晩唐の詩人。武勇に優れ、功績があった。
玉顔雖掩馬嵬塵 玉顔 馬嵬の塵に掩わると雖も
冤気和煙鎖渭津 冤気 煙に和して渭津を鎖す
蝉鬢不随鑾駕去 蝉鬢 鑾駕に随わずして去り
至今空感往来人 今に至るまで空しく往来の人を感ぜしむ
玉のかんばせも今は馬嵬坡の塵に掩われてしまったが、恨みの気はモヤにとけ込み渭水の渡しの辺りを包んでいる。
美しい髪の貴妃は皇帝の馬車について行くことなくこの地で死んでしまった。それ以来今に至るまで往来の人々の胸を空しく感じさせるのだ。
参考図書
漢詩選8 李白 青木正児著 集英社
杜牧詩選 松浦友久・植木久行編訳 岩波文庫
漢詩への誘い 歴史と風土(長安の巻) 石川忠久著 NHK出版