2009年12月 白楽天、眼を病む

 

 この秋、眼を傷つけて苦労しましたが、目が見えるということがどんなにか有難いことだということがしみじみ解りました。

 今月のテーマは何にしようかと悩んで調べていると、白楽天が眼病で苦労し、数十首の詩を作っていることを知りました。彼は55歳、蘇州刺史(知事)のとき眼病にかかり仕事が出来なくなり辞職します。白内障か糖尿病合併症かだったのでしょうか。

 

眼病二首 

其一

 

散乱空中千片雪  散乱す 空中 千片の雪

朦朧物上一重紗  朦朧たり 物上 一重の紗

縦逢晴景如看雰  縦(たと)え 晴景に逢うも雰を看るが如し

不是春天亦見花  是れ春天 亦た花も見えざらん

僧説客塵来眼界  僧は説く 客塵の眼界に来りしと

医言風眩在肝家  医は言う 風眩 肝家に在りと

両頭治療何曽  両頭の治療 何ぞ曽て(い)やさんや

薬力微茫仏力  薬力は微茫 仏力は(とお)し

 

空中には無数の雪がちらついており、あらゆる物の上には薄絹がかぶさっているように朦朧としている。

晴れた景色もモヤがかかっているように見えるし、春になっても花は見えないのではなかろうか。

坊さんは世間の俗塵が眼を掩っていると云うし、医者は風眩(病気の元)が肝臓を侵しているという。

両者の治療でもどうしてもよくならない。薬の力は微かなものだし、仏の力も遙か遠いものでしかない。

 

 

其二

 

眼蔵損傷来已久  眼は損傷を蔵し来ること已に久しく

病根牢固去応難  病根 牢固として 去ること応に難かるべし

医師尽勧先停酒  医師は尽く勧む 先ず酒を停めんことを

道侶多教早罷官  道侶は多く教う 早く官を罷めんことを

案上漫鋪龍樹論  案上 漫に鋪く 龍樹の論

盒中虚捻决明丸  盒中 虚に捻る 决明丸

人間方薬応無益  人間の方薬 応に益無かるべし

争得金篦試刮看  争(いかで)か 金篦を得て 刮を試みて看ん

 

眼には久しく傷があって、その病根は頑固で取り去ることは難しい。

医師は誰もみなまず酒を止めることだと云うが、多くの坊さんは早く役人を辞めることだという。

机の上には龍樹菩薩の教えを説いた本が漫然と置いてあり、小鉢の中には効きもしない决明丸(眼の薬?)が作られている。

この世の薬や治療は無益なようだ。どうにかして眼膜を取り除くという金篦を手に入れて眼の膜を削って見たいものだ。

 

 

眼暗

 

早年勤倹看書苦  早年の勤倹 書を看るに苦しみ

晩歳悲傷出涙多  晩歳の悲傷 涙を出すこと多し

眼損不知都自取  眼の損ずるは 知らず 都(すべ)て自ら取りしかと

病成方悟欲如何  病成りて 方に悟る 如何ならんとするを

夜昏乍似灯将滅  夜昏くして 乍ち似たり 灯将に滅するに

朝暗長疑鏡未磨  朝暗くして 長らく疑う 鏡未だ磨かざるかと

千薬万方治不得  千薬 万方 治することを得ず

唯応閉目学頭陀  唯応に閉目して 頭陀を学ばん

 

若い頃は頑張って仕事をして、書類を見るのに苦労し、年取ってからは悲しみや苦痛で涙を流すことが多かった。

眼が傷ついたのは、今までの自分の行いの結果なのであろうか、このように病気になってみて初めてそれがどんなものか解るのだ。

夜暗くなると、灯火をつけていても消えているのと同じだし、朝も暗くて鏡を見ても磨いていないのではないかと思うほどかすんでいる。

いろんな薬、あらゆる治療法も効果はなかった。今はただ目を閉じて、托鉢することを学び仏様にすがるしかない。

 

参考資料

 全唐詩精華分類鑑賞集成 潘仲華編 河海大学出版社 


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