2019年04月

豊後日田の詩人 広瀬兄弟
 先日、家内と日田に行ってきました。豆田町辺りを散歩しただけで、家内は儒学には興味ないので咸宜園は素通りでした。私は以前見学していますので。
 淡窓・旭荘の詩は2000.10, 2005.03に紹介しています。

広瀬淡窓

村居雑詩八首(其一)

高尚心雖在  高尚 心に在りと雖も
利名情或牽  利名 情 或いは牽かる
卜隣非一度  隣を卜すること 一度に非ず
相宅既三遷  宅を相(み)て 既に三たび遷る
牛跡侵籬落  牛跡 籬落を侵し
農談接几筵  農談 几筵に接す
稍憐中夜夢  稍(やや)憐む 中夜の夢に
不到市朝辺  市朝の辺に到らざるを


高い志が心にあっても、名誉や金に時には心が引き寄せられる。
隣に住もうとやって来る人も一度ならずあったが、ちょっと住んだだけでもう三軒も引っ越していった。
牛が垣根を侵入することもあり、寝ても覚めても農事の話を聞かされる。
ちょっとばかり嬉しいのは、真夜中の夢でも町中に出かけたりはしないことだ。

そうはいっても咸宜園は豆田町から歩いて10分ぐらいしか離れていないのですが。

淡窓五首(其一)

明窓兼浄几  明窓 浄几を兼ぬ
抱膝思悠哉  膝を抱きて 思い悠なるかな
莫話人間事  話する莫れ 人間の事
青山入座来  青山 座に入りて来る

明るい窓と清らかな机の書斎、そこで膝を抱いて座り込み悠然と思いをはせる。
世間の煩わしいことは話すでない。窓から青山がすぐ傍まで近づいてくるようだ。

この詩の碑が月隈公園(だったか)にありました。

広瀬旭荘
 旭荘には長編の古詩が多いのが一つの特徴です。中国でも大詩人と言われる人は長編の詩が多いように思われます。この辺りが旭荘が中国で評価の高い要因の一つかと思われます。

閏六月五日発簾塾

瓶花開新英  瓶花 新英を開くも
芳妍不耐久  芳妍 久しきに耐えず
積薪吐嫩芽  積薪 嫩芽を吐くも
凋萎如反手  凋萎 手を反すが如し
他郷得親朋  他郷 親朋を得るも
安能長聚首  安(いずく)んぞ能く 長く聚首(じゅしゅ)せんや
初我来此中  初め 我 此の中に来り
新知幾誰某  新知 誰某(すいぼう)に幾(ちか)し
俶儻多異才  俶儻(てきとう) 異才多く
規諍富益友  規諍(きそう) 益友に富む
有呼我為兄  我を呼びて兄と為すもの有り
感其極謹厚  其の極めて謹厚なるに感ず
有呼我為弟  我を呼びて弟と為すもの有り
喜其善導誘  其の善く導誘するを喜ぶ
呴嚅未五旬  呴嚅(こうじゅ) 未だ五旬ならざるに
我又事奔走  我 又 奔走を事とす
蓐食理行装  蓐食(じょくしょく) 行装を理(ととの)え
残星猶在牖  残星 猶お 牖(まど)に在り
細飆度曙空  細飆(さいひょう) 曙空(しょくう)を度り
冷露泫高柳  冷露 高柳に泫(したた)る
日出遠望分  日出でて 遠望すれば 分(わか)つ
山川林郊藪  山川 林郊の藪
快霽悦飛禽  快霽(かいせい) 飛禽を悦ばしめ
清漪映浣婦  清漪(せいい) 浣婦を映す
駅荒無肥馬  駅荒れて 肥馬無く
村僻有豪狗  村は僻にして 豪狗有り
渇時難進歩  渇時 歩を進め難く
熱路不宜酒  熱路 酒に宜しからず
預卜前松林  預め卜す 前の松林
中有陰泉否  中に陰泉有りや否やと


花瓶の花が新しくつぼみが開くことがあるが、その香りや美しさは長くは続かない。
積んである薪が新芽を出したが、すぐに萎れてしまうだろう。
他郷で親友を得ても、どうして長く一緒にいられようか。
最初、私がこの塾に来たとき、新しい知人も誰が誰だかほとんど判らなかった。
才気にあふれ優れた異才が多くいて、教育と議論の中で益友を多く得た。
私を兄と呼んでくれる人がいて、その慎み深さに感じ入り、
また私を弟と呼んでくれる人もおり、よく導いてくれるのを喜んだ。
助け合って居ることまだ五十日にもならないのに、私はまたここを去ることになった。
寝床で食事をし、旅の装いを整えるとき、暁の星がまだ窓から見える。
つむじ風が曙の空を通り過ぎ、冷たい露が高い柳の木からしたたり落ちる。
日が出て遠くを眺めれば、山や川、村のやぶまではっきり見える。
気持ちよく晴れて飛ぶ鳥は嬉しげで、清らかなさざ波に洗濯の女が映っている。
宿場は荒れていて肥えた馬などはいなく、村は辺鄙で大きな犬がうろついている。
のどが渇いてきて歩くのが辛くなってきたが、暑い路上で酒を飲むのはよろしくない。
前に見える松林の中にひっそりとした泉があるかどうか予想してみる。

旭荘は21歳の時、東へと旅し、途中、備後神辺の管茶山の簾塾に滞在します。当時、茶山は80歳で死の直前の病床にありましたが、二人は意気投合して深夜まで語りあったとのことです。

参考図書
 江戸時代田園漢詩選 池澤一郎著 農山漁村文化協会
 日本漢詩人選集 広瀬旭荘 大野修作著 研文出版