2019年06月

初夏の詩

王維  新晴野望

新晴原野曠  新晴 原野曠く
極目無氛垢  目を極むれど 氛垢(ふんこう)無し
郭門臨渡頭  郭門 渡頭に臨み
村樹連渓口  村樹 渓口に連る
白水明田外  白水 田外に明るく
碧峰出山後  碧峰 山後に出づ
農月無閑人  農月 閑人無く
傾家事南畝  家を傾けて 南畝に事(つと)む


新たに晴れわたって、原野は広々としていて、見晴らす限り靄や埃はない。
村の防壁の門は川の渡し場に向かい合い、村の周りの木々は渓谷の口まで連なっている。
澄み切った水は田圃の傍らで輝き、緑の峰が山の後ろに頭を出す。
この農月(農事に忙しい初夏)に暇な人はいなくて、家人みんな南の田圃で働いている。

高駢  山亭夏日

 晩唐の武人、各地で節度使となり、黄巣の賊を討伐した。後に部下に暗殺される。
詩人としても優れていた。

緑樹陰濃夏日長  緑樹 陰濃くして 夏日長し
楼臺倒影入池塘  楼臺 影を倒(さかしま)にして 池塘に入る
水精簾動微風起  水精の簾動きて 微風起こり
満架薔薇一院香  満架の薔薇 一院香し


緑の木々が濃い陰を作り、夏の日は長い。楼台が池に影を逆さまに映している。
水晶の簾が揺れてそよ風が起き、棚いっぱいに咲き誇る薔薇の花で、山亭全体が芳しく香っている。

菅茶山 岡山道上

何村農事不怱忙  何れの村の農事か 怱忙たらざらん
最是辛勤在此郷  最も是れ 辛勤は此の郷に在り
数処松明明且暗  数処の松明 明且つ暗
女児歌笑夜分秧  女児 歌笑して 夜 (なえ)を分かつ


いったい農作業が忙しくない村なんて何処にあろうか。いちばん心を動かされるのはこの村の辛い働きぶりだ。
あちこちのたいまつが明るくなったり暗くなったりしている。娘たちが笑い歌いして夜中に田植えをしている。

参考図書

 中国文学歳時記 夏 黒川洋一他編 同朋舎
 漢詩名句辞典 鎌田正、米山寅太郎著 大修館
 江戸詩人選集 菅茶山・六如 黒川洋一注 岩波書店