2020年03月
夫婦の愛情

杜甫 月夜
 当時、杜甫は家族を疎開先の鄜州に置いて、独り皇帝の行在所に行く途中、賊軍に長安で捉えられた。その時に作った詩であり、有名な「春望」と同時期のもの。

今夜鄜州月  今夜 鄜州(そしゅう)の月
閨中只独看  閨中 只だ独り看るならん
遙憐小児女  遙かに憐れむ 小児女の
未解憶長安  未だ解(よ)く長安を憶わざるを
香霧雲鬢湿  香霧に雲鬢湿(うるお)い
清輝玉臂寒  清輝に玉臂寒からん
何時倚虚幌  何れの時か 虚幌(きょこう)に倚り
双照涙痕乾  双つながら照らされて 涙痕乾かん


今夜、私は捕らわれの長安で月を見ているが、お前も鄜州に独りぼっちの部屋で同じ月を眺めていることでしょう。
ここから遙かに子供たちのことを憐れに思っているが、子供たちは長安の私のことを想うなどは無理でしょうね。
お前の部屋にはかぐわしい香りをこめた夜霧が入って来て雲なす髪はしっとりと潤い、月の清き光に玉のようなかいなは寒々と輝いていることでしょう。
何時のことでしょうか、お前と二人で誰もいないとばりの窓辺で今まで流した涙を乾かすことが出来るのは。


蘇軾 小児

小児不識愁  小児 愁を識らず
起坐牽我衣  坐より起たんとすれば 我が衣を牽く
我欲嗔小児  我 小児を嗔らんと欲す
老妻勧児癡  老妻 児に癡なれと勧む
児癡君更甚  児は癡なれど 君は更に甚し
不楽愁何為  楽まずして愁うるは何為(なにす)るものぞ
還坐愧此言  坐に還りて 此の言に愧ず
洗盞当我前  盞を洗いて 我が前に当つ
大勝劉伶婦  大いに勝る 劉伶が婦の
区区爲酒銭  区区として酒銭を爲せしに


幼児は大人の心配事はわからない。私が心配事で座から立ち上がろうとすると私の着物を引っ張るのである。
私がしかろうとすると、老妻はもっとわがままを言いなさいと幼児をけしかける。
「幼児が愚かなのは当たり前ですが、貴方はもっと愚かではありませんか。楽しまないで心配しても何にもなりませんよ」
この言葉に恥じ入ってまた座り直した。妻は盃を洗い清めて私の前に置く。
「お前はあの大酒飲みの劉伶(竹林の七賢)の嫁さんよりずっと出来た女だ。彼女は劉伶に酒を止めさせようと酒代をケチったとか。


王士禛 㶚橋寄内 二首 (㶚橋 内に寄す)
 清代初めの詩人です。一度紹介しております(2007.09)。
 㶚橋は長安の東にあり、古来旅立つ者、見送る者はこの橋のたもとで柳の枝を折って別かれた。故に銷魂橋といったようです。
 王士禛はこの時、四川の郷試の試験官として赴く途上であったが、都の北京からここまでもう相当の距離を旅してきたことになります。当時、妻は病気でこれが最後の別れと覚悟して旅に出たようである。。

其一
長楽坡前雨似塵  長楽坡前 雨 塵に似たり  
少陵原上涙霑巾  少陵原上 涙 巾を霑(うるお)す
㶚橋両岸千条柳  㶚橋両岸 千条の柳
送盡東西渡水人  送り盡す 東西 水を渡る人


長楽坡の手前ではこぬか雨に降りこめられて難儀しました。少陵原ではお前のことを思い涙でハンカチを濡らしたことでした。
㶚水にかかる橋の両岸には千条もの柳の枝が東や西に渡って行く人々を何時までも見送るようにしっとりと濡れぼそっていました。

其二
太華終南万里遙  太華 終南 万里遙かなり
西来無処不魂銷  西来 処として 魂の銷えざる無し
閨中若問金銭卜  閨中 若し金銭の卜に問わば
秋雨秋風過㶚橋  秋雨 秋風 㶚橋を過るならん


太華山の麓を過ぎ、終南山まで、北京から万里の距離を旅してきた。西へ西へとやって来て、何処でも魂の消えない処はありませんでした。
ひょっとして貴方は寝室で銭を投げて私の吉凶を占ってませんか。そうであれば、今私が秋の雨、秋の風の中㶚橋を渡っていると占いに出ていることでしょう。

参考図書
 中国古典詩聚花 女性と恋愛 野口一雄著 小学館
 杜詩 第二冊 鈴木虎雄訳注 岩波文庫
 中国詩人選集二集 王士禛 高橋和巳注 岩波書店