2020年07月
陶淵明 擬挽歌詩 (挽歌の詩に擬す)
挽歌は他人の死を悼んで作るものであるが、これはそれを真似て自らの死を想像して詠ったものである。なかなか面白いので紹介します。
其一
有生必有死 生有れば 必ず死有り
早終非命促 早く終うるも 命の促(ちぢ)まるに非ず
昨暮同爲人 昨暮は同じく人為(た)りしに
今旦在鬼録 今旦 鬼録に在り
魂気散何之 魂気は散じて 何くにか之(ゆ)く
枯形寄空木 枯形を空木に寄す
嬌児索父啼 嬌児は父を索めて啼き
良友撫我哭 良友は我を撫して哭す
得失不復知 得失 復た知らず
是非安能覚 是非 安(いずく)んぞ能く覚らんや
千秋万歳後 千秋万歳の後
誰知栄與辱 誰か栄と辱を知らんや
但恨在世時 但だ恨む 在世の時
飲酒不得足 酒を飲むこと 足るを得ざりしを
其二
在昔無酒飲 在昔 酒の飲むべき無く
今但湛空觴 今は但だ 空觴を湛(たた)う
春醪生浮蟻 春醪 浮蟻(ふぎ)を生ずるも
何時更能嘗 何れの時か 更に能く嘗めんや
殽案盈我前 殽案(こうあん) 我が前に盈ち
親旧哭我傍 親旧 我が傍に哭す
欲語口無音 語らんと欲するも 口に音無く
欲視眼無光 視んと欲するも 眼に光無し
昔在高堂寝 昔は高堂に在りて寝ぬるも
今宿荒草郷 今は荒草の郷に宿る
一朝出門去 一朝 門を出でて去らば
帰来夜未央 帰来 夜未だ央(つ)きず
其三
荒草何茫茫 荒草 何ぞ茫茫たる
白楊亦蕭蕭 白楊 亦た蕭蕭たり
厳霜九月中 厳霜 九月中
送我出遠郊 我を送りて 遠郊に出づ
四面無人居 四面 人居無く
高墳正嶣嶢 高墳 正に嶣嶢(しょうぎょう)たり
馬為仰天鳴 馬は為に天を仰ぎて鳴き
風為自蕭条 風は為に自から蕭条たり
幽室一已閉 幽室 一たび已に閉ざせば
千年不復朝 千年 復びは朝(あした)あらず
千年不復朝 千年 復びは朝あらず
賢達無奈何 賢達も 奈何ともする無し
向来相送人 向来(きょうらい) 相い送りし人
各自還其家 各自(おのがじし) 其の家に還る
親戚或余悲 親戚 或いは悲しみを余すも
他人亦已歌 他人 亦た已に歌う
死去何所道 死に去っては 何の道(い)う所ぞ
託体同山阿 体を託して 山阿に同じうせん
参考図書 陶淵明全集 松枝茂夫・和田武司訳注 岩波文庫